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2026.08.14 15:30

近衞家33代当主、キャリアはNHKから|近衞忠大×小山薫堂スペシャル対談(前編)

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、近衞家33代当主/ curioswitch代表取締役の近衞忠大さんが訪れました。スペシャル対談第24回(前編)。

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小山薫堂(以下、小山僕、半年くらい前に荻外荘(近衞文麿の私邸)を訪れたんです。建物も庭も素晴らしく、また重要な政治会談が何度も行われた歴史的な空間を、今こうして拝見できることに感動しました。

近衞忠大(以下、近衞そう言っていただけて嬉しいです。

小山:近衞さんは現在、近衞家の33代当主という立場である一方、映像ディレクターやクリエイティブ・ディレクターとして国内外でお仕事されていますよね。キャリアのスタートはNHKですが、最初に携わった番組は覚えていますか。

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近衞:一般的に新入社員は地方局に配属されて1、2分の番組から始めるのですが、私は東京の “虎の穴”みたいな部署に入れられてしまって。諸先輩方はNスペや特番などの大掛かりな番組に奔走し、残った新人がレギュラーを回していたんです。しかも研修所で書いた企画がそのまま通ってしまい、部署に入ってすぐに「6月23日、オンエアな!」と。

小山:すごい! どんな内容ですか。

近衞:高校時代、美術予備校に通っていた道すがらに、謎の「外人ハウス」があったんです。すごく安い宿賃で外国人に家を貸しているおじさんがいて、その家に2週間ほど寝泊まりして定点観測するというドキュメンタリーをつくりました。

小山:いい視点ですね。大学は武蔵野美術大学ですが、どうして映像学科に?

近衞:本当は車のデザインをやりたかったので、本命は工芸工業デザイン科でしたが、倍率が高くて浪人が普通。当然落ちました。そのときに、新設される映像学科のうず高く積まれた資料を偶然見かけたんです。のちに映画プロデューサーになる加倉井誠人という同級生の顔が頭に浮かび、彼に渡してあげようと思って持ち帰ったのですが、結果的に自分も受験票を出してしまった。そうしたら、こちらは合格(苦笑)。親の負担も減らせるかなと、進学を決めました。

小山:では入学後に映像に興味を持たれたということですか?

近衞:映画オタクのような知識はありませんでしたが、海外でMTVを見て育った世代なので、もともとミュージックビデオが目茶苦茶好きで。

小山:幼少期はスイスにお住まいだったんですよね。帰国子女。

近衞:ええ。だから格好良い映像が作れたら楽しいぐらいの感覚で、ミュージックビデオとかアートインスタレーションみたいな作品ばかり作っていました。プロジェクターなんて手の届かない高級品だったときに、クラブにあったプロジェクターを使ってVJみたいなこともやったり。

小山:最初の作品は覚えていますか。

近衞:卒業制作は、革の手袋が対で置いてあって、それが男女のように左右が組み合って踊り出す映像でしたね。毎回、選曲だけは褒められたんですよ。

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写真=金 洋秀

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