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ビジネス

2026.08.07 12:36

ドレイクとShopify創業者に学ぶ、「カナダを世界に売る」という選択

stock.adobe.com

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カナダには、きわめて優秀な人材がたどるお決まりのシナリオがある。彼らはロサンゼルスやニューヨーク、あるいはシリコンバレー(ベイエリア)へと向かい、目覚ましい成功を収め、アメリカの生活にあまりにも自然に溶け込むため、世界は彼らがどこから来たのかを忘れてしまうのだ。

例を挙げればきりがない。スマートフォンを発明したのもカナダだが、その市場を他国に支配されるのを見守るしかなかった。現代AI(人工知能)のパイオニアたちを育てたのもカナダだが、その産業が国外で拡大していくのを見守るしかなかった。人材の輸出は、実質的にカナダの国家産業のようになっている。

だからこそ、私が最も強く思い浮かべる2人のカナダ人は、このシナリオを逆行させた人物たちだ。彼らは「自分自身」を輸出したのではない。彼らは「カナダ」を輸出したのだ。

ドレイク

まずはドレイクから始めよう。ケンドリック・ラマーとの確執が世界的な大ニュースになるずっと前、彼はカナダ人アーティストとして文化的に極めて過激なことをやってのけた。トロントを周辺都市ではなく、中心地にしたのだ。

彼はアルバムのジャケットにCNタワーをあしらい、トロントのスラングやサウンドをメインストリームの音楽に注入し、自身のブランド「OVO」を文化的な輸出品へと育て上げ、NBAのトロント・ラプターズの公式グローバル・アンバサダーとしてコートサイドに陣取った。地球上のほぼどこででも「ザ・シックス(the Six)」と言えば、人々はそれがどの都市を指しているのかを正確に理解する。それは偶然起きたことではない。1人のアーティストが南(米国)へ移住して静かに同化することを拒んだからこそ、実現したのだ。

既得権益層は、常にそれを快く思っていたわけではなかった。2019年のプレーオフ中にドレイクがサイドラインで見せた奇行がリーグを騒がせた際、現地紙トロント・スターのベテラン記者であるカーティス・ラッシュは、このラッパーが負債(お荷物)になってしまっているのではないかと問いかけた。だが、彼が意見を求めたスポーツマーケティングの専門家ブレイク・ローレンスは、ドレイクを「現在のあらゆるプロスポーツチームが有する資産のなかでも、最も価値あるものの1つ」と呼んだ。

グローブ・アンド・メール紙は、「ドレイクは、トロント自身が時に見落としているトロントの魅力を、その目で見出している」と評した。この最後の一節は、私たちの胸に少し突き刺さるはずだ。カナダで最も影響力のあるグローバル・アンバサダーが成功を収めた一因は、謙遜を美徳とする国民的な本能を無視したことにあったのだ。

トビー・リュトケ

そしてもう1人が、トビー・リュトケだ。Shopify(ショッピファイ)の創業者である彼には、標準的なルートをたどって早期に会社を売却するか、シリコンバレーに移転する十分な理由があったが、彼はどちらもしなかった。オタワからグローバルなコマースプラットフォームを拡大させ、リモートワークや成果主義のカルチャーについて公の場で率直な意見を表明し、本社も雇用も野心もカナダに留め置いた。

将来有望な企業が、最初の本格的な買収提案で早々とエグジットするのが日常茶飯事となっているこの国において、売却を拒むこと自体が、ある種の「無作法」な行為だった。もっとも、彼がゼロからすべてを築き上げたわけではない。

フォーブスのある記事は、ブラックベリー(BlackBerry)の衰退によって優秀な人材がスタートアップの波へと散らばり、彼が「礼儀正しく控えめなカナダ人のステレオタイプとはまったく異なる」と評する起業家精神が育まれた様子を指摘している。Shopifyは、その波がグローバル規模で頂点に達し得ることを証明した。リュトケはカナダのテクノロジーという未加工の素材を使い、勝利するために故郷を離れる必要はないことを示したのだ。

ドレイクとリュトケの両者は、カナダ特有の「小国意識」を拒絶した。それは、自国の都市はマイナーな市場であり、自国の企業は買収の標的にすぎず、自国の文化はアメリカ文化の地方方言のようなものだとする、条件反射的な思考だ。両者は、この国を大声で愛し、アグレッシブにブランディングし、何ら臆することなくここから事業を築き上げることができるのだと理解していた。そして両者とも、まさにその自信ゆえに、賞賛される前にまず批判にさらされた。

極めて重要な教訓

ここには、私たちがより広い視野で人材について考える際の手がかりとなる教訓がある。私たちは、去っていく人々を惜しむことに膨大なエネルギーを費やす一方で、この地に留まり、世界を自らのもとへと引き寄せた人々を研究することには、ほとんどエネルギーを割いていない。

オタワと(米テキサス州)オースティンのどちらを選ぶか迷っているすべての創業者、本物の業界は国境の南側にあると言われているすべてのアーティスト、地元への誇りを抑えるようアドバイスされているすべてのエグゼクティブは、かつてドレイクやリュトケが弾いたものと同じ計算を行っているのだ。

カナダは誰に対しても、留まるよう命令することはできない。私たちができるのは、早い段階で投入される資金、野心を管理するのではなく後押しする制度、そしてグローバルな自信を持つことを「マナー違反」扱いするのをやめるカルチャーによって、この地に留まることを真剣な「賭け」に値するものにすることだ。次のドレイク、そして次のリュトケはすでにここにいる。問題は、私たちが彼らにカナダを中心に据える理由を与えることができるか、それとも他国の成功のストーリーになるための新たな理由を与えてしまうか、ということだ。

forbes.com 原文

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