NEWS Forbes JAPAN MEMBERSHIP 新機能|
記事ページ内の広告表示を最小限にしました

リーダーシップ

2026.08.07 11:59

あなたのリーダーシップを縛る「天井」は、自分でつくっている

Adobe Stock

Adobe Stock

リーダーシップを阻む最も強力な「天井」は、自分自身で作り上げたものだ

ジュニア・バーシティ(二軍)のラクロスの周回走を、私は顔を真っ赤にして最後に走り終えた。コーチ陣は心配そうに視線を交わしていた。私は単独で行う活動(乗馬や犬の散歩など)、他人の前で体力を誇示する必要のない活動を好んだ。何十年もの間、私が抱え続けてきたストーリーはシンプルだった。「自分は身体的な力(パワー)を持ち合わせていない人間だ」というものだ。

そのストーリーは、自分が自ら作り上げた「天井」だったことが判明した。そして、その天井を取り払うことで、リーダーシップについての予期せぬ教訓を得ることになった。

約2年半前、私はチェというトレーナーのもとでトレーニングを始めた。彼のメソッドは一見、非常にシンプルだ。ゆっくりと重いウエイトを持ち上げ、限界(文字通り筋肉がもう1レップもこなせなくなる時点)まで追い込む。各セットは90秒から120秒続く。それは文字通りの意味で、成長への道としての「失敗を練習する」ことである。

目標は設定しなかった。強くなりたいと決意したわけでもない。ただ毎週ジムに通い、彼に言われた通りに体を動かした。

18カ月が経過したころ、私はレッグプレスで385ポンドを押し上げていた。

いつの間にそこまで達したのか、自分でも気づかなかった。正直に言えば、そのスキルが現実世界でどう役に立つのかはよくわからない。木に引っかかった芝刈り機を押し出すときくらいだろうか。しかし、誇らしい気持ちは本物だった。理屈抜きに、信じられないほどリアルな誇りだった。

それ以来、私は次のことを考え続けている。重量(ポンド数)が重要だったわけではない。変わったのは私の体ではない。私たちが何によって自分自身を制限することを許してしまっているのかに対する理解であり、そのような制限をかける必要はないという気づきだった。

「自分は〜な人間ではない……」。この文章を完成させてみてほしい。そして、自分自身に問いかけてみてほしい。自分はいつそれを決めたのだろうか、と。なぜなら、それは事実ではないからだ。自然の法則でもない。ただのストーリーにすぎない。そしてストーリーは、差し引く(手放す)ことができるのだ。

成果で見られることと、努力で見られることの違い

仕事におけるフィードバックの仕組みの大部分は、成果重視だ。プレゼンテーションがうまくいく。記事が注目を集める。契約が成立する。私たちは、達成した成果(あるいは達成できなかった成果)によって評価され、また自分自身を評価する。

チェとのトレーニングが違っていたのは、最適化すべき成果がなかったことだ。目標値も、タイムラインも、人事評価もなかった。彼は私がどのように取り組んでいるかを見ていた。私が全力を尽くし、1レップごとに、特に力尽きそうになりながらもやり遂げようとする姿を見ていてくれた。

それが何かを変えた。成果ではなく、努力を見てもらえることは、これまでとは異なる原動力となった。案件の獲得やクライアントの受注、ボーナス、昇進といった、一時的な外部からの評価ではない。自分自身の可能性を信じるための、積み重なっていく証拠となったのだ。チェが私に寄せてくれた信頼は、私が実際に使えるデータとなった。

私はこれを見落としていた。そして、多くの優秀なリーダーたちも同様に見落としているのではないかと思う。それは、誰も彼らの努力を気にかけていないからではなく、私たちの周りにあるシステムが、達成された成果に焦点を合わせているからだ。私たちはそれに合わせて自分を最適化する。そして、到達できるかどうかわからない限界に挑むことをやめてしまうのだ。

フランシス・フライがロンドンの教会で語ったこと

昨年11月、私はロンドンで開催された「Thinkers50」に参加した。美しい元教会に世界を代表する経営思想家たちが集まる、いわば「知のオタクたちのオスカー賞」とでも呼ぶべきイベントだ。ハーバード・ビジネス・スクール教授のフランシス・フライが登壇し、再生型(リジェネラティブ)リーダーシップと、それが今、私たちに求めているものについて語った。

知的で頭脳明晰な人々で埋め尽くされたその会場において、彼女の呼びかけは意外なものだった。「強くなりなさい。身体的に強くなるのです。文字通りスペースを占め、仕事をやり遂げるための体を作りなさい」というものだった。

その瞬間の私のメモには、「自分自身:スペースを占めること(身体的に、文字通り強くなること)、そして勇気」と書かれている。

彼女は比喩として話していたわけではない。また、フィットネスのことだけを話していたわけでもない。身体的な能力と、真に再生型の手法でリードするために必要な「勇気」との関係性を指摘していたのだ。これには、しっかりと足を地につけ、プレッシャーを吸収し、システム(既存の仕組み)が必ず押し返してきたときに、強く立ち向かうことが求められる。

勇気と身体的な強さは、同じ実践の予行演習なのだと、彼女は言おうとしているようだった。

比喩ではなく、メソッドとしての「失敗」

リーダーシップのカルチャーにおいて、失敗との関係は複雑だ。「素早く失敗せよ(フェイル・ファスト)」「前向きに失敗せよ」「素早く行動し、破壊せよ」といった言葉が使われる。これらのフレーズはあまりにも陳腐化し、本来の意味を失ってしまった。私たちが実際に意味しているのは失敗ではない。成功へ向かう過程における「回復可能な挫折」のことだ。

チェのメソッドが私に与えてくれたのは、もっと文字通りで、もっと実用的なものだった。それは、意図的で、安全で、保護された「失敗」だ。ウエイトを載せる。身体がこれ以上動かなくなる限界まで押し込む。これは比喩ではない。筋肉が本当に限界に達したのだ。そして翌週、さらにその先へ行く。

最も教訓に満ちているのは、限界に達した瞬間ではない。その直前、もう1レップできるかどうかわからないときであり、問いが「できるか?」から「やるか?」へと変わる瞬間だ。

その違いが、私の仕事の他の部分にも現れ始めている。もう1件ピッチを送るべきか? 完璧なマッチングだと思いつつも、まだ返信のないポッドキャスト番組に、もう一度フォローアップの連絡を入れるべきか? 最悪の結果は同じだ。プレートが一番上まで押し上げられない。しかし、あなたは自分の時間に数秒を追加したのだ。天井を押し上げたのだ。

天井とは「引き算」である

これらのことはすべて、私が力を追い求めたから起きたのではない。身体的な力は自分のものではないというストーリーを「差し引いた(手放した)」から起きたのだ。私は目標設定を、自意識を、そして(おそらく最も重要なこととして)失敗とは目指すものではなく避けるべきものだという思い込みを差し引いたのだ。

これこそが、引き算のほうがより強力な手段であると私が言う理由だ。足し算(さらなる目標、さらなる努力、さらなる野心)は、より高い位置に同じ天井を再現するだけに終わっていただろう。天井そのものを完全に取り払う必要があったのだ。

深く考えるに値する問いは、「成長するために何を付け加える必要があるか?」ではない。「自分が事実として扱ってきたストーリーは何か?」ということだ。

「自分はただ、〜な人間ではない。運動神経が良い、技術に明るい、戦略的である、大胆である、お金に強い、対立を恐れない、先見の明がある、プレッシャーに強い……」

この文章を完成させ、問いかけてみてほしい。自分はいつそれを決めたのだろうか、と。

なぜなら、私たちの多くには、特定の瞬間があったからだ。最後に走り終えた周回走、うまくいかなかったプレゼンテーション、自分が最も不適格な人間に感じられた部屋。そしてその瞬間のどこかで、私たちは「それは自分ではない」という永続的な方針を決定してしまったのだ。

それは事実ではない。あなたが設置した天井だ。そして天井は、自然界の法則とは異なり、取り除くことができる。

あなたの「チェ」を見つける

この次元で力を養うことについて、私が最も驚いたのは次のことだ。取り組みが完全に自分自身の身体、自分自身の能力、自分自身の成長の範疇であったとしても、そのプロセスに他者の信頼を巻き込むことが非常に大きな助けになる、ということだ。

チェは私の数値を他のクライアントに教えたりはしない。しかし、私がどれほど一生懸命取り組んでいるかを定期的に言葉にしてくれる。彼は私を「非アスリート」としては見ていない。そのような目で私を見たことは一度もない。そして、彼が私の自己制限的なストーリーを一切知らないことが、セッションを重ねるごとに、私自身が反論できない確たる証拠となっていった。

これは、内側へと向けられた「協働の力(パワー・ウィズ)」だ。容赦ない規律や、歯を食いしばることで自分を支配する力(パワー・オーバー)ではない。「協働の力」は、自分自身と、今の自分よりも先を見通せる信頼できるガイドとの間に流れるものである。

それはジムでも機能する。リーダーシップでも機能する。そして、自分自身の能力に対する他者の歪みのない信頼が、自分一人では生み出せないリソースとなる、あらゆる文脈において機能する。

リーダーにとっての具体的な問いはこうだ。あなたの人生において、あなたが作り上げた天井を見ることを拒む人は誰だろうか? あなたの成果だけでなく、努力を見てくれる人は誰だろうか?「あなたには、今のストーリーが示す以上の能力がある」と伝えてくれる(あるいは、あなたが素直に耳を傾けられるほど信頼できる)人物は誰だろうか。

その人を見つけ、継続的に関わりなさい。そして、彼らが捉えるあなたのポテンシャルのほうが、あなた自身が捉えるものよりも正確である可能性を考慮してみてほしい。

おそらく、その通りなのだから。

「変わったのは私の体ではない。私たちが何によって自分自身を制限することを許してしまっているのかに対する、私の理解だ」

「変わったのは私の体ではない。何が私たちを制限しているのか、そして何が制限する必要のないものなのかに対する、私の理解だ」

forbes.com 原文

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事