決断力は知性を示すもののように扱われている。即座に答え、決して曖昧な態度をとらず、他の皆がまだ考えをめぐらせているときに「とりあえず進めよう」と言う人は優秀な人物に見える。一方、判断を躊躇する人は決断力に欠けるように見えてしまう
だが、躊躇は鈍さを示すだけのものではない。問題のどの段階でペースを落とし、何をするためにペースを落とすのかが極めて重要だ。それら2つの形態は一貫して弱さと誤解されているが、どちらも能力の高さを示す特徴に近い。
習慣1:問題に着手する前に「一時停止」する
2人に同じ問題を与え、最初の5分間を観察してみてほしい。1人はすぐに解決策を考え始める。もう1人は何もしていないように見える。問題を読み直し、実際の制約が何なのかを尋ね、そもそもこれが正しい問いなのかと声に出して考える。その人は行き詰まっているように見える。しかし多くの場合、実際に問題に取り組んでいるのはその人なのだ。
これは、専門性に関する研究で比較的一貫して確認されている知見の1つだ。チェスや物理学、医学、デザインなど特定の分野に秀でた人は未熟な人よりも、問題の解決に着手する前にその問題がどのような種類のものかを把握する問題表象に相対的に多くの時間を費やしている。
未熟な人は表面的な特徴に基づいて問題を分類し、すぐに解き始める。その分野に秀でた人は根底にある構造によって分類するため、最初の段階では時間がかかるが、後々それは報われる。学術誌『Journal of Hospital Medicine』に2024年に掲載された研究では医師においてまさにこのパターンが確認された。同じ臨床症例を与えられた指導医と研修医は、診断する前段階で注目する点や優先する点が異なっていた。
この反応の遅れがないがしろにされるのは目に見えるものを何も生み出さないからだ。下書きもリストも目に見える動きもない。一方、素早く取り掛かった人はすでに3つの選択肢を生み出しており、その3つすべてが間違った問いへの答えであっても進歩しているように感じられる。悪い選択肢の中から適切なものを選ぶために費やした労力は永久に失われるものだ。



