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2026.08.27 11:00

地域の価値を旅へと編みなおす──JTBが「リビングオーベルジュ」に託した未来

パンデミックを経て、旅は特別なイベントから日常の延長へと変わりつつある。同時に、人々が旅に求める価値も、名所巡りや移動を楽しむ観光から、その土地ならではの文化や人との出会い、自らの価値観を揺さぶる体験へと移り変わってきた。こうした時代に、旅行会社はどのような役割を果たすべきなのか。JTBの社内ベンチャー「Living Auberge(リビングオーベルジュ)」を率いる日高彬人に、その挑戦と旅行会社の未来像について聞いた。


「旅先」から「旅の目的」をつくる会社へ

2020年3月から3年余に渡って続いたコロナ禍は、私たちの生活に大きな変化をもたらした。そのひとつが旅の在り方ではなかろうか。かつての私たちにとって旅とは周到に準備し、名所旧跡を巡り、ご当地グルメを楽しむ非日常の時間だった。しかし、人との接触や移動が制限された数年間を経て、旅に求めるものは少しずつ変わり始めたようだ。

たとえば筆者は年間におよそ100日を旅空のもとで暮らしているが、私にとって旅は日常の延長。ワーケーションや二拠点生活、「暮らすように旅する」といったスタイルが広がったおかげで、旅先でも東京と変わらないリズムで仕事を続けることができる。こうした変化は、私だけのものではないだろう。旅が身近になったからこそ、私たちは旅先で「何をするか」「何を得るか」を以前にも増して意識するようになっている。

「JTBはこれまで、パッケージツアーなどを中心に幅広い手段で多くの方を海外へ送り出してきました。ですが、海外へ行くこと自体を価値とみなす時代ではなくなった現在、問われているのは、出かけた場所で何をするのか。何に触れ、どのような価値観に出会うのかということです」

そう語るのは、JTBの社内ベンチャー「Living Auberge」を率いる日高彬人だ。人が移動する理由が変わったならば、それを支える旅行会社の役割もまた、進化しなければならない。

「Living Auberge」ファウンダーであり、プロデューサーである日高彬人。
「Living Auberge」ファウンダーであり、プロデューサーである日高彬人。

「私たちが目指しているのは、交通手段や宿泊施設を組み合わせた旅行商品を提供するだけではなく、そもそもの旅の目的をつくることです。便利さや価格といった機能的価値ではなく、そこでしか得られない体験的価値を提供したいと考えています」

その言葉には、既存の旅行会社のあり方に対する危機感と同時に、JTBが培ってきたアセットを新たなかたちで生かそうとする闘志がにじむ。長年、人を目的地へ送り届けてきたJTBが、いま挑もうとしているのは、その土地へ足を運ぶ理由そのものを生み出すこと。そして、その実践の場として日高が着目したのは、人の記憶や感情、土地の文化に深く触れることのできる「食」だった。

地域に眠る価値を「旅」へと編集する

「私たちが旅を中心とした交流の起点して捉えているのは“ともに食べる”という人間らしい営み。共食を通じて、人と人、人と地域、人と文化の理解を深める交流を生み出すことを目的としています」

「Living Auberge」がまず着手したのは、全国各地の料理人をつなぐネットワークの構築だった。現在、その数は100名超。日本各地で活躍する料理人たちは、農家、漁師などの生産者、工芸作家など地域の文化を支える人々と日常的につながり、その土地ならではの風土や歴史を料理という形で表現している。「Living Auberge」は、そのネットワークを基盤に、人と地域を結びつける新たな体験価値の創出に挑む。

その代表的な取り組みが、文化没入型イベント「かげろひ」だ。料理人を起点に、生産者や職人、地域の文化の担い手と参加者を結びつけ、その土地の食だけではなく、風土や歴史、暮らしにまで触れる時間を設計する。また、料理人が一定期間地域に滞在し、新たな土地の魅力を引き出す「Chef in Residence」や、企業・ブランドの世界観を食で表現するケータリング事業なども展開。それぞれ形や表現方法は異なるが、いずれも「食を入り口に文化へと誘う」という思想に貫かれている。

のんびりと広がる棚田に向けて設置された「かげろひ ― 風魅(ふうみ)」のゲストシート。
のんびりと広がる棚田に向けて設置された「かげろひ ― 風魅(ふうみ)」のゲストシート。

ではここでひとつ具体的な事例を紹介しよう。2026年5月、奈良県御所市で行われた「かげろひ ― 風魅(ふうみ)」だ。舞台となったのは、古くから天孫降臨の神話が息づく葛城山麓。ゲストは山伏と一緒に修験道でもあった山道を歩き、笙の音に耳を傾け、この土地に受け継がれてきた信仰や自然観に触れた。行きついたのは銘酒「風の森」でも知られる油長酒造による新たな酒蔵「葛城山麓醸造所」だ。棚田からの風が吹き抜ける、吉野杉材をふんだんにつかった平屋で飲む「風の森」はさぞ甘露の味わいであったろう。さらに、料理の腕を奮ったのはデスティネーションレストランの代表格としても知られる「SÉN」(奈良・天川村)の砂山利治シェフである。美食と美酒のペアリングというだけではなく、葛城という土地の物語を読み解く一章としての食体験は、決して忘れられないものになったはずだ。

「かげろひ ― 風魅(ふうみ)」で供されたコース料理より。
「かげろひ ― 風魅(ふうみ)」で供されたコース料理より。

「私たちは単においしい食事や一夜のイベントをプロデュースしているわけではありません。料理をきっかけに、その土地で生きる人々や風土、歴史や文化に触れていただき、その土地を深く理解していただくこと。美食は入り口に過ぎず、その先にある文化や風土に触れていただく体験をつくり上げています。それらは、物理的に所有も運用もできず、ひと時で消えていくものでありながらも、生涯、心の奥底に残り続け、その先の人生の歩みに、確かに、何かの影響を与えてくれる……それが、私たちがお届けしたい体験です」

編集力が拓く、地域経済の未来

人口減少や地域経済の縮小が進むなか、地域文化を継承し、未来へつなぐことは決して容易ではない。たとえば伝統芸能、工芸、また神楽や修験道など民間に伝わる文化の多くはそれだけで十分な収入を得られることは少なく、担い手の高齢化や後継者不足という課題を抱えている。

そこで、「Living Auberge」が挑戦しているのは、地域にすでに存在する価値を見つけ、人と人、人と土地、人と文化を結びつけることで、新たな体験として価値を付与することである。そして、その体験が人を呼び、地域に新たな経済が生まれることから、文化そのものを未来へと受け継いでいく。文化と経済を対立するものではなく、互いを支え合うものとして循環させようという試みだ。

鎌倉・報国寺を舞台に、竹取物語竹鳥物語をテーマにした特別会席が供された「かげろひ —虚空」。
鎌倉・報国寺を舞台に、竹取物語をテーマにした特別会席が供された「かげろひ —虚空」。

「かげろひ」のような自主事業は、そのための実験場でもある。自らリスクを負って体験価値を磨き上げ、その知見を企業との共創へ展開していく。クライアントワークだけに依存せず、自らコンテンツを育てることで、持続可能な事業へと育てていく考えだ。

ここまで話を聞くほどに、私の頭に何度も浮かんだのは「編集力」という言葉だった。編集は私の仕事でもあるが、それは雑誌や書籍の世界に限った職能ではない。すでにそこにある価値を見つけ、異なる要素を結びつけることで、新たな意味を生み出す営みである。日高は地域に点在する人や文化、土地、技術、食を編み上げ、文化が未来へ受け継がれていくための仕組みを構想している。

「Living Auberge」がつくる旅とは、人と土地、人と文化を結び直すこと。地域に眠る価値を見つけ、それらを編み直し、新たな体験へと昇華する。その体験が経済を生み、その経済が再び地域文化を支えていくという、大いなる循環のなかにある。

Living Auberge
https://living-auberge.jp/

Promoted by JTB | text and edited by Miyako Akiyama