筆者は先日、「ドバイ国際プロジェクトマネジメントフォーラム」で講演した際、サステナビリティの向上とリーダーの意思決定力強化のために、どのようなツールや手法を導入すべきかという質問を受けた。これはソフトウェアに関する問いのように思えるが、本質的には「行動」に関する問いである。現在、大半のリーダーは、進化を続ける強力なAIシステムを含め、酷似したテクノロジーを利用できる環境にある。もはやツール自体が差別化の要因にはならない。結果を左右するのは、リーダーがそのシステムのアウトプットをどのように捉え、疑問を投げかけるかだ。だからこそ、行動や企業文化に焦点を当て、ツールが役に立たなくなった危機の瞬間に何が起きるかに注意を払うことが、多くのリーダーが認識している以上に重要なのだ。
危機においてリーダーの意思決定がツールの限界を露呈する
大手製薬会社に勤務していた時代、筆者が得た最も重要な教訓の1つは、治験で高い有効性と優れた安全性が示された新薬の発売にまつわるものだった。発売後、予期せぬ問題が発生し、最終的には市場からの回収を余儀なくされた。組織は適切な開発プロセスを踏んでおり、データも承認を後押ししていた。ツールや手法の観点からは、すべてが設計通りに機能しているように見えた。
しかし、健康被害が表面化し始めると、焦点は「ツールが機能したか」という厳密な検証から、「ツールが明確な指針を示さなくなったときに、リーダーがどう対応するか」へと移行せざるを得なくなった。懸念を表明しやすい心理的安全性は確保されていたか。不都合な兆候は真剣に受け止められたか。前提条件は見直されたか、それとも軌道修正にコストがかかるという理由で正当化されたか。その時点で問い直すべき重要事項は、まさにこうした点にあった。
そのような局面で組織を救うのは、ツールではなく人間である。危機への備えは極めて重要だ。ダンキンドーナツの元CEOであるロバート・ローゼンバーグがかつて筆者に語ったように、ビジネスにおいて危機は「例外」ではなく「想定内」であるべきなのだ。だからこそ、タイレノールの事件などは、極限のプレッシャー下で組織がどう対応すべきかを示す事例として、数十年の歳月を経た今でも語り継がれている。
タイレノールの混入事件が発生した際、リーダーたちは机上では不合理に見える決断を迫られた。すべてのカプセルを店頭から回収すること、すべての事実が判明する前に公に説明すること、および巨額の財務損失を受け入れることは、いかなる最適化モデルも推奨しない結果だった。これらの選択は、確実な情報がない中で、価値観と責任感に基づいて下されたものだった。
ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)がさらに優れていたのは、危機の封じ込めにとどまらず、システムそのものを変革した点だ。同社は規制当局や競合他社と協力し、自社製品だけでなく業界全体に不正開封防止包装を導入した。パッケージを再設計し、将来的な被害の可能性を低減するために長期的なコストを吸収した。この転換により、一過性の緊急対応が恒久的な安全策へと変わり、目先の危機をはるかに超えた説明責任が示された。彼らの行動は実を結んだ。事件直後に大幅な市場シェアを失ったものの、タイレノールは1年以内にその大部分を回復し、危機前の水準近くまで戻した。こうして、壊滅的かつ長期的な信頼失墜につながりかねなかった事態を回避したのである。
もし当時AIが存在していたなら、シナリオのモデリングや財務予測を支援できたかもしれない。しかし、AIにできなかったのは、人命に対する責任を負うことや、その瞬間にブランドを守ることよりも人々を守ることの方が重要であると決断することだ。この違いこそが、タイレノールの事例が今なお人々の心に響く理由である。
危機のさなかに組織を真に救うリーダーの意思決定とは
危機が発生すると、リーダーが日常的に頼りにしているツールは、予想以上に早くその有用性を失うことが多い。その主な理由は、それらのモデルが前提としている仮定が成り立たなくなるからだ。
だからこそ、リーダーは人々の前に立ち続け、用意された原稿を読むのではなく頻繁にコミュニケーションをとり、安全性と説明責任を最優先する姿勢を行動で示す必要がある。対照的に、沈黙や引き延ばし、はぐらかしは、早期に下された不完全な決断よりも多くのダメージをもたらすことが多い。人々がリーダーシップを求めているときに、躊躇しているように見えてしまうからだ。
また、危機は組織の文化を可視化する。何かが起きるはるか前から、疑問を呈することが「責任」とみなされていたのか、それとも「厄介事」として扱われていたのかが浮き彫りになる。懸念を表明すれば処罰される、あるいは無視されると従業員が考えている場合、重要な情報は手遅れになるまで届かない。逆に、探究心が奨励されていれば、リスクはより早く表面化し、リーダーは選択の余地が残されているうちに対応することができる。
トラブル発生時、プロセスよりもリーダーの意思決定が重要な理由
プロセスは危機の前後において重要だが、危機の最中、人々はリーダーの対応を注視している。不確実性がどれほど素早く認められるか、責任の所在が明確に示されるか、およびリーダーが手続きの背後に隠れることなく、その場にとどまり続けるかを見ているのだ。
重大な結果を伴う状況において、完璧な情報を待つ姿勢は、しばしば「回避」と受け取られる。専門的な説明に過度に依存することは距離感を生み、人間味のない法的な正確さは冷酷に感じられる。これらの対応はいずれも悪意から生じたものではないが、人々がリーダーを信頼できるかどうかを見極めようとしているまさにその瞬間に、信頼を徐々に損なっていく。
長期にわたり信頼性を維持している組織は、信頼というものが、社内の論理ではなく、目に見える選択によって築かれることを理解している。不快感を受け入れ、不完全な情報に基づいて行動し、手続きよりも人間を優先するリーダーは、結果がまだ見えない状況であっても信頼を維持する傾向がある。
次の危機が訪れる前に、意思決定を通じて行動の備えを築く方法
強固な危機対応が即興で行われることはめったにない。それは、問題が発生するはるか前に構築されるものだ。プレッシャーの下で適切に対応できるリーダーは、疑問を呈することを当たり前にし、責任を明確にする習慣を確立している傾向がある。
彼らは、重要度の低い局面での意思決定のプロセスに注意を払っている。その習慣は、事態が深刻化したときにも引き継がれるからだ。従業員が「障害物」というレッテルを貼られることなく、安心して懸念を表明できているかどうかに気を配り、疑われていない前提条件に耳を傾け、それを検証するための余地を確保する。
時間の経過とともに、そうした行動は組織の影響に対する考え方を形成していく。懸念事項を単なる遅延やコスト増加として捉えるのではなく、リーダーたちは、今日の決定が将来どのような問題を引き起こす可能性があり、そのコストを誰が負担するのかを議論するようになる。
リーダーの意思決定がその後の展開を決定づける理由
リーダーの意思決定が最も重要になるのは、情報が不完全であり、かつすでに結果が現実のものとなりつつあるときだ。タイレノールの事例は、確実性が失われた後にリーダーがどのように行動するかによって、結果が左右されることを示している。AIは選択肢を提示し、リスクを浮き彫りにすることはできるが、責任を負ったり信頼を獲得したりすることはできない。組織は最終的に、問題が発生したときにリーダーがどう対応したかによって記憶される。そして、現実が計画通りに進まないとき、信頼と信用が維持されるかどうかを決定づけるのは、いかなるテクノロジーよりも、その対応のあり方なのだ。



