筆者がともに仕事をしているエグゼクティブの多くは、世界がもはや思いどおりには動かないことを知っている。彼らはそれを目の当たりにしている。気候変動による混乱とサプライチェーンの脆弱性の衝突。AIの飛躍的進歩と同時に起きる信頼の崩壊。地政学的な不安定さ、経済的圧力、社会の分断、そして規制の不確実性が次々と重なり合い、そのどれもが順番を待ってはくれない。
彼らは異口同音にこう表現する。「すべてが同時に起きている」と。
そして、自席に戻ると5カ年計画を策定する。
それは現実逃避ではない。もっと名付けがたい何かだ。リーダーたちは複雑さに困惑しているのではない。それに疲れ果てているのだ。だから、疲弊した人々が取る行動に出る。問題が対処可能に見えるまで単純化するのだ。1つのシナリオを選び、それに足並みをそろえ、それを「戦略」と呼ぶ。
だが、複雑さが消え去るわけではない。ただ、彼らの見ていない場所で起きているだけだ。
「単純化」という反射行動
現在、企業の中で見られるのは次のような光景だ。
戦略チームは、一度に1つの変数しか変化しないシナリオを作成する。人事部は、業務量が増加している中でレジリエンス研修を実施する。エグゼクティブは「アジリティ(俊敏性)の維持」を口にしながら、あらゆる意思決定に3段階の承認プロセスを追加する。リーダーは、自分自身で理解する時間のない複雑な事象を、AIに要約させる。
これらは決して不合理な行動ではない。自己防衛なのだ。
筆者が勤務するギャラップの調査によると、チームのエンゲージメントのばらつきの70%はマネジャーに起因している。しかし、そのマネジャーたちは、予算決定から組織構造、戦略的方向性に至るまで、チームの仕事に影響を与えるほとんどの要因について、自分には限定的な権限しかないと報告している。彼らは、自ら設計したわけではないシステムの中で、計画サイクルよりも速く変化する状況下において、コントロールできない結果に対する責任を問われているのだ。
そのため、彼らは合理的な人間なら誰もがするように、視野を狭める。管理可能な変数だけを選び出し、仕事が自分の権限の範囲内に収まるまで単純化する。
問題は、この方法が失敗することではない。問題は、それが「うまくいってしまう」ことだ。真の複雑さが誰か他の人の緊急事態になるまでの、ほんのしばらくの間だけ。
業務効率の改善を迫られている、中規模の医療ネットワークを例に考えてみよう。リーダーシップ層は課題を明確に捉えていた。いたるところでボトルネックが発生している。患者の受け入れ手続きに時間がかかりすぎている。備品の注文が承認プロセスで滞っている。スケジュールの重複が、下流の現場で混乱を引き起こしている。
解決策は明白に思えた。AIの試験導入だ。受け入れワークフローを自動化し、備品承認を効率化し、スケジュールのアルゴリズムを最適化する。3カ月以内に指標は改善した。処理時間は短縮され、承認サイクルは速くなった。ダッシュボードはすべて「正常」を示す緑色になった。
しかし、6カ月が経過しても、臨床スタッフのバーンアウト(燃え尽き症候群)は改善しなかった。離職率は上昇していた。退職時の面談から、あるパターンが見えてきた。看護師たちは、自らの裁量の余地が狭まったシステムの中で、ただスピードだけを求められているように感じていた。ある看護師はこう語った。「私たちはあらゆることを効率的にこなしていますが、本当に重要な瞬間だけは例外です」
AIはスピードの課題を解決した。しかし、効率性とケアの間の葛藤を解決することはできなかった。患者が悪い知らせを受け入れるために、あと5分の時間を必要としていることをAIは察知できない。家族が怯え、誰かに寄り添ってほしいと願っている瞬間に、その場の空気を読むこともできない。システムは高速化したが、その中にいる人間はより脆くなった。
間違った制約条件を解決しようとしているとき、スピードは戦略にはならない。
リーダーが本当に避けていること
多くのエグゼクティブは、自分は曖昧さを受け入れていると言うだろう。複雑さを歓迎し、多様な視点を促し、不確実性を受け入れる余地を作っていると主張する。
だが、同じように優秀な2人の人物が、互いに矛盾するデータを提示したときの彼らの行動を見てほしい。
彼らはその緊張感の中にとどまろうとはしない。なぜ双方が正しい可能性があるのかを追究しようとはしない。どちらか一方を選び、足並みをそろえ、前進する。
未解決の葛藤は、リーダーシップの弱さと受け取られるからだ。「現時点では本当にわからない。どちらの答えも安全とは言えない」と言って昇進する人はいない。
パトリック・レンシオーニは最近、筆者にこう語った。経営チーム内における信頼の欠如とは、お互いを好きかどうかではない。「ここではどうすればいいのか見当もつかない」と安心して口にできるかどうかだ、と。ほとんどの人はそう言えない。だから代わりに、確信に満ちた振る舞いをするのだ。
その「演技」には代償が伴う。
筆者は、CFOが取締役会向けのメモを作成するのにAIを利用するのを見てきた。自ら文章を書くと、相反する優先事項を調整せざるを得なくなるが、AIを使えばその必要がないからだ。また、戦略担当のリーダーが、フレームワーク(OKR、バランスト・スコアカード、変革のロードマップなど)に頼るのも目にしてきた。それらが何かを明確にしてくれるからではなく、明確であるかのように見せてくれるからだ。
ツールが問題なのではない。反射行動が問題なのだ。
圧倒されるような複雑さを単純化するとき、それは複雑さを乗り越えるリーダーシップを発揮しているのではない。それを迂回する仕組みを作っているだけだ。そして、避けて通った問題が消え去ることはない。それはただ周辺へと移動し、あなたが守ろうとしているすべてを静かに侵食していく。
複雑さは順番を待ってくれない
かつてと何が変わったのだろうか。以前は、困難な課題を順番に対処することができた。市場の変化に対応し、次に企業文化に取り組み、その後にイノベーションへの投資を行う。1つひとつ順番に進めることができたのだ。
だが、その時代は終わった。
現在起きているのは、市場のボラティリティ、従業員の不信感、気候リスク、技術的破壊、そして規制の圧力だ。すべてがリアルタイムで、すべてが緊急で、すべてが未解決だ。
これらを1つずつ解決しようとするリーダーは、遅れているのではない。間違った問題を解こうとしているのだ。
今求められる仕事は、どの現実に基づいて行動するかを選択することではない。安易な「偽りの明確さ」に逃げることなく、複数の現実を同時に抱え込めるようになることだ。
MIT(マサチューセッツ工科大学)システム・デザイン&マネジメント・プログラムの研究員であり、適応型組織を研究するピーター・グロアは、そうした組織を「群れ(スウォーム)」と表現する。常に多方向を察知し、微弱なシグナルに反応し、大半のシステムが見落とすような変化を警戒し続ける。それはカオスではない。状況が安定しない中で、有機体が生き残るための方法なのだ。
しかし、大半のリーダーシップ開発プログラムは、今でも古いルールに基づいて人々を訓練している。フレームワーク、コンピテンシー、段階的な成長。まるで未来が梯子(はしご)であり、それを正しく登りさえすればいいかのように。
筆者がともに仕事をしてきた最も優れたリーダーたちは、そのようには成長しなかった。彼らは、何かが崩壊した瞬間に成長を遂げたのだ。失敗に終わった組織再編、分裂したチーム、公の場で下してしまった誤った決断。
失敗が気高いからではない。そうした瞬間が、統合を強いるからだ。単純化によって逃れることはできない。何かが変化するまで、矛盾と同居し続けなければならないのだ。
筆者はこれを「クオンタム(量子)成長」と呼んでいる。段階的ではなく、方向感覚を失うような変化だ。それを乗り越えたとき、まったく異なるリーダーに生まれ変わっている。それは新しいスキルを身につけたからではなく、葛藤がいつか解決するという「ふり」をするのをやめたからだ。
AIにできないこと
AIは、パターン認識、言語生成、データ統合の能力を高めている。どんな人間よりも速く要約を作成し、起草し、予測し、自動化することができる。
しかし、誰かが話し終えた後の「沈黙」を読み取ることはできない。自信の裏に隠された恐怖に気づくこともできない。本物の足並みのそろい方と、そう見せかけているだけの「演技」の違いを見分けることもできない。
感情は「ソフトスキル」ではない。シグナルなのだ。そして現在、それは私たちが手に入れられる最も信頼できるシグナルである。
「戦略的共感力」(感情と分析の間を行き来し、そのどちらも見失わない能力)こそが、複雑な状況を自ら切り拓くリーダーと、ダッシュボード上で管理するだけのリーダーを隔てるものだ。
チームが「足並みがそろっている」と言いながら、そのうちの3人が1カ月間も互いに目を合わせていないとしたら、それはコミュニケーションの問題ではない。誰かが「存在しないふり」をしている、未解決の対立だ。AIはそれを捉えられず、ダッシュボードも警告を発しない。しかし、注意を払っているリーダーなら、それを肌で感じるはずだ。
問題は、私たちが「感じること」ではなく「成果物」を評価するシステムを構築してしまったことだ。感情をノイズとして扱い、プレッシャーの下でも冷静でいられる人々を昇進させてきた。しかしそれは多くの場合、他の誰もが察知しているシグナルを無視することに慣れた人々を意味しているにすぎない。
「収斂(しゅうれん)」(すべてが同時に起き、何一つ単純ではない状態)の時代を導いていきたいのであれば、知覚をアウトソーシングすることはできない。不快感に十分長く向き合い、それが何を伝えているのかを理解しなければならない。
「明確さ」を求めるのをやめる
ほとんどの組織は、もはや存在しない世界に向けたリーダーシッププログラムをいまだに設計している。意思決定のフレームワークを教え、明確な変数を用いたシミュレーションを行い、人々がそれを段階的に実行に移す時間があることを前提としたフィードバックを行っている。
しかし、今本当に重要なリーダーとは、優れたフレームワークを持つ人ではない。明確さがない中でも行動できる人だ。データが矛盾しているときに決断を下せる人だ。次に何が起こるか誰にもわからないときに、チームを動揺させずに支えられる人だ。
それは無謀さではない。リーダーシップなのだ。
レイ・カーツワイルは、2029年までにマシンの知能が人間の知能を超え、2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)に達すると予測した。そうかもしれない。しかし、AIが進化する一方で、ハルシネーション(もっともらしい嘘)や再帰的な品質劣化、判断ミスなど、その綻びも露呈している。
私たちは、機械が思考し、人間が感情を担うといった、明確に区分された未来に向かっているのではない。より混沌とした相互依存の関係に向かっている。そこでの問いは、「AIに何ができるか」ではなく、「人間にしかすべきでないことは何か」だ。
そしてその答えは、能力(ケイパビリティ)に関するものではない。責任に関するものなのだ。
AIは、何かが正しいかどうかを問いかけることはない。立ち止まるべき時に立ち止まることもない。効率性よりもケアを優先することもない。数字が合わないときに、そこに意味を見出すこともない。
それらは今でも、人間の選択なのだ。
今、本当に求められていること
もしあなたが今、何らかの変革、ビジネス、あるいはチームを率いているなら、おそらく矛盾を管理しているはずだ。信頼が崩壊する一方でイノベーションが加速し、バーンアウトが広がる一方で生産性が急増し、スピードが評価される一方で深みも求められる、といった矛盾だ。
それを単純化してはならない。一方の真実だけを選び、他方を無視してはならない。そうではなく、次のように行動すべきだ。
存在しないふりをしている「葛藤」を名指しする
次回の戦略会議では、足並みをそろえることから始めてはならない。「すっきりとした答えがないため、私たちが避けている話題は何か」という問いから始めるのだ。それらを書き出してみる。解決しようとする必要はない。ただ、それが存在しないふりをするのをやめるのだ。
シナリオプランニングを「知覚監査」に置き換える
1つの変数が変化する3つの未来予測を構築するのはやめることだ。代わりにこう問いかける。「ダッシュボードばかりを見ているために、私たちが気づけていないことは何か?」「組織の中で、私たちが見逃している何かを察知しているのは誰か?」そうした人々を見つけにいくのだ。



