スタートアップ界は、若い創業者のストーリーを好む。大学の寮の部屋にいたマーク・ザッカーバーグや、ガレージにいたスティーブ・ジョブズなどだ。こうした神話は、若いうちに始めなければチャンスを完全に逃してしまうと思い込ませる。しかし、カーネル・サンダースがKFCのフランチャイズ展開を始めたのは65歳のときだった。レイ・クロックがマクドナルドを拡大したのは52歳、サム・ウォルトンが最初のウォルマートを開いたのは44歳、アリアナ・ハフィントンがハフポスト(The Huffington Post)を立ち上げたのは55歳のときだ。若さへの執着は、何が本当に有効かを何十年もかけて学んだ後に富を築いた創業者たちを無視している。
皮肉な現実がある。20代や30代のときは経験不足だと言われ、40代になるとチャンスを逃したと言われる。チャンスの窓が開いている瞬間などないように思える。私は22歳で最初のビジネスを始め、32歳で売却した。その後、苦労して得た教訓を次に立ち上げた会社に活かした。それによって成長は加速し、過ちは減った。経験は何十年もかけて積み重なるものであり、ごまかすことはできない。
ここに紹介する10人の起業家は、44歳から85歳までと幅広い。彼らは燃え尽き、解雇され、すべてを失いながらも、そこから立ち上がって再建を果たした。彼らのストーリーは、起業が若者のものであるという神話を打ち砕く。
40歳を過ぎてから起業した理由
好奇心に定年はない
ジョアン・アルフォード(85歳)は、1962年にブルックヘブン国立研究所の数学者としてキャリアをスタートさせた。ChatGPTが登場したとき、彼女はそこにチャンスを見出した。現在、ChatGPTユーザーの上位5%に認定され、パワーユーザーである「ストラテジスト」と評される彼女は、本を執筆中であり、自身の存在価値に年齢制限はないことを証明している。「好奇心、勇気、そして存在価値に定年はありません」とアルフォードは語る。彼女の半分の年齢の人の多くが新しいテクノロジーに抵抗するなか、彼女はそれを使いこなしている。
月144ドル(約2万円)でも止められない情熱
ベネズエラのハイパーインフレによって、外科医であるシルビア・ペレイラ・ルイムウィク(63歳)の月収が144ドル(約2万円)にまで落ち込んだとき、諦めてもおかしくない状況だった。家族は移住したが、彼女は残った。ノートPCもなく、停電が頻発し、投資資金もゼロという状況の中、彼女はスマートフォン1台だけでライフコーチングビジネスを立ち上げた。「自分を疑いそうになったら、私のことを思い出してください」とルイムウィクは言う。「63歳、リソースなし、困難な国にいながら、絶対的な確信と自己信頼を持って目標を達成したいという飢えを抱えています。私は誰にも止められません」。多くの人は行動を起こすために完璧な条件を求めるが、彼女は何も持たない状態からスタートした。
破壊的な打撃に備え、事前に「キャリアの保険」を築く
住宅ローン業務の元役員であり、陸軍情報部退役軍人でもあるシェリ・スペンス(60歳)は、業界の破綻が近づいていることを察知していた。米住宅都市開発省に勤務する傍ら、彼女は夜間や週末を利用してLinkedIn上でパーソナルブランドを構築した。新政権による連邦職員の解雇が懸念されるなか、彼女は自らの意志で方向転換を図った。「実用的なパーソナルブランドは、キャリアの保険になります」とスペンスは言う。彼女は現在、他のミドルキャリアの役員たちに対し、必要に迫られる前にプロフィールを大幅に強化する方法を教えている。
73歳で断熱材を魅力的に見せる
エコリフォームの専門家であるジュディス・ジョイス(73歳)は、気候変動についてより大きな視野で考えることを決意し、TEDxでの講演、2冊の著書の執筆、そして7000万回以上の再生回数を誇る15万人のInstagramフォロワーを獲得した。孫たちは彼女を「インスタ・グラン(InstaGran)」と呼ぶ。「73歳になって、大規模でクールな活動を始めました」とジョイスは言う。「おばあさんが建築業者に立ち向かうのです」。彼女は、大半の人がリタイア生活に入る年齢になってから、自らの使命を見出した。
立ち止まり、本当の自分を見つける
ヨーロッパやオーストラリアで大規模なインフラプロジェクトを30年間にわたり率いてきたミュリエル・デマルクス(52歳)は、予定外の行動に出た。立ち止まったのだ。シンガポールへの移住を機に強制的な一時停止を余儀なくされ、優秀な女性たちが避けがちな問いに向き合うことになった。「他人のために成果を出すこと以外に、私は何者なのか?」という問いだ。彼女は「マーシャム・エッジ(Marsham Edge)」を設立し、世界中の政府機関向けにAIソリューションを提供している。「人生半ばでの経験、母親であること、レジリエンス、そしてシステム思考は、強力なリーダーシップの強みであり、負債ではありません」とデマルクスは言う。彼女が30年かけて培ったスキルは、彼女ならではの圧倒的な強みとなった。
仕事とともにアイデンティティが去っていくとき
ファッション業界の企業で30年間勤務した後の2020年に解雇されたメリッサ・コーエン(50代)は、自分の自己価値がいかに肩書に結びついていたかに気づいた。彼女のLinkedInアカウントは2008年以降、休眠状態だった。彼女は完全に方向転換し、パーソナルブランディングのストラテジスト、スピーカー、そして2冊の著書を持つ著者となった。「方向転換するには年齢が行き過ぎていると思っているすべての人に、インスピレーションを与えたい」とコーエンは語る。「心に従い、コミュニティがあれば、どんなことでも可能です」
すべてを失うことが解放になるとき
グウェン・ウィルコックス(63歳)が生き延びてきた災難の数々は、並の人間なら心が折れてしまうものばかりだ。17歳での公の場での屈辱、53歳での解雇、そして2020年には火災ですべての財産を失った。その火災の16時間前、彼女は「すべてを処分して、一からやり直せたらいいのに」と口にしていた。そして本当にそうなった。現在、国際的な受賞歴を持つデザイナーとなったウィルコックスは、ゼロから再建を果たした。「失うことは解放になり得ます」と彼女は言う。「そして、小さな町を揺るがし、こぢんまりとまとまるのをやめるための起爆剤となりました」
成功するまでは「妄想」と言われて
プージャ・マワ(44歳)がプロとしてコンテンツの執筆を始めたとき、周囲は彼女を「妄想を抱いている」と言った。収入はなく、投資してくれるほど彼女を信じる人もいなかった。それでも彼女は書き続けた。今日、彼女は米国政府、インド政府、およびフォーチュン500企業と仕事をしている。さらに重要なのは、1200人のインド人母親が在宅で経済的に自立できるよう支援したことだ。「彼女たちは二度とお金を無心したり、頼んだりする必要がなくなりました」とマワは言う。懐疑的だった人々は沈黙した。
本当の「台本」を見つける前に2度燃え尽きる
勤勉で信頼できる人間になるよう育てられた、地方都市出身のたたき上げであるメヒティルト・ロンバッハは、そのパターンを理解する前に2度燃え尽きた。2回目の燃え尽き症候群と2024年の重大な健康上の課題を経て、彼女は単に回復する以上のことを成し遂げた。人生の再調整を行ったのだ。「他人の台本に従って生きていたことに気づきました」とロンバッハは言う。「信頼されることや過剰に成果を出すことを、自分の居場所があることと勘違いしていたのです」。彼女は現在、ポッドキャスト『Play It By Your Rules』を運営し、高い実績を上げる人々が燃え尽きることなく自由を見つけられるよう支援している。
名前を変えたことがすべてを変えた
泥沼の熟年離婚の後、キルステン・ボムディギティは、状況を明確にするある行動に出た。法的に苗字を変更したのだ。この極端な行動は、選別のために一切のエネルギーを費やすことなく、ふさわしい人々を引き寄せ、不適切な人々を遠ざけた。その選択はAmazonでのベストセラー本の出版につながり、40歳以上の女性を対象とした「ドーパミンコーチ」としての活動をスタートさせる契機となった。「引き寄せの自然淘汰は、自己抑制に勝るのです。いつだってそうです」とボムディギティは言う。時に、最も大胆な方向転換とは、自らの個性をさらけ出すことなのだ。
成功に有効期限はない
10人の創業者。年齢は44歳から85歳。コーチ、役員、数学者、マーケター。全員が「チャンスの窓は閉じた」と言われ、そして全員が自ら新たな窓を開けた。許可を待つのをやめ、神話を信じるのをやめ、自らの経験だけが可能にするものを構築し始めよう。



