安価な観客席をもたらしたのはローマ人だ。ではギリシャ人は? 彼らは馬蹄形のスタジアムを生み出した。知られている最古のスタジアム——「スタジアム」という言葉自体も、測定単位を意味するギリシャ語に由来する——はギリシャで生まれ、そこではU字型の走路を観客席が取り囲んでいた。一部の観客席は丘陵の斜面に組み込まれ、ほかのものは石材、さらには大理石まで、さまざまな素材が用いられ、観客が徒競走を階段状の視界で見られるようにしていた。
こうした設計は、時の試練に耐えてきた。
紀元前の6世紀ほどの間にギリシャ人がスタジアムを生み出したのに対し、紀元後の最初の数世紀にスタジアムに真に記念碑的な転換をもたらしたのはローマ人の功績である。
西暦80年に建設されたコロッセオは、今なおあらゆる近代スタジアムの父ともいえる存在だ。カリフォルニア州サンタクララにあるNFLのリーバイス・スタジアムを手がけた建築家ティム・ケーヒルは、同スタジアムが2014年に開場する前、私に対し、それを「ローマの円形闘技場」になぞらえて設計したと語っていた。
ローマのコロッセオは、政治や文化の研究対象として多くの可能性を秘めていることは確かだが、純粋なスタジアム設計という観点から見ても、高さ157フィート、5万人収容のこの会場は、今日の設計審査を十分に通過し得る。80カ所の入口のうち76カ所には番号が付けられ、4カ所は壮麗な入口とみなされていた。それらは社会階層に明確に基づく階層型の座席へとつながり、競技から最も遠い席は社会的地位の低い人々に割り当てられていた。また、VIP入口の最初期の例だった可能性もある。
この楕円形の会場では、トラバーチン(石灰岩の一種)、コンクリート、石、タイルなどの素材でできた3層の観客席が競技場を取り囲む設計となっており、多くの観客を収容できるようになっていた。しかし、その競技場は悲しいことに、スポーツとは到底言い難い目的のためにあまりにも頻繁に使用されていた。
ローマ帝国全域で数世紀にわたり、こうした円形闘技場が数百も建設されるなか、別のスタイルの会場も形を成し始めた。それが「キルクス(戦車競技場)」である。



