これまで一緒に働いた中で最高の上司は誰だったかと尋ねると、ほとんどの人は必ずあるエピソードを語る。
それはおそらく四半期目標や戦略立案、素晴らしい業務遂行に関することではない。自分を変えてくれた会話や、思いやりをもって対処してくれた困難な場面、最も重要な局面で自分の存在を認めてくれたリーダーのことを覚えている。
反対に、これまでで最悪の上司について尋ねても、返ってくる答えは驚くほど似ている。やはり記憶に残っているのはビジネス戦略ではない。人前での批判や、支援を受ける機会を逃したこと、自分を率いる人物を信頼できないと悟った瞬間だ。
それは、リーダーシップが年次評価や入念に練り上げられた価値観の表明を通じて体験されるものではないからだ。リーダーシップは日々交わされる多くのやり取りを通じて体験されるものであり、それらは少しずつ、人々が自分自身や仕事、そして組織に対して抱く感情を形成していく。
仕事を辞めて何年も経つと、人々は上司が何を成し遂げたかを忘れてしまうことが多い。
しかし、その上司が自分にどのような気持ちを抱かせたかについては滅多に忘れない。
記憶に残るのはリーダーシップ理論ではなく日常
リーダーシップについては従業員が常にマネジメントのスタイルを評価し、人格を比較し、戦略的判断を吟味したりしているかのように語られることが多い。実際には、多くの人はリーダーシップをもっと単純な形で体験している。
すべてのやり取りは、ある静かな問いへの答えとなる。その問いとは、「私はここで必要とされているのか」だ。
従業員は、時折行われる注目度の高い意思決定ではなく、日々の一貫した行動を通じてリーダーに対する長く残る印象を形成することが研究で明らかになっている。信頼は通常、全社集会や年次タウンホールミーティングで築かれるものではない。大半の管理職がほとんど気づかないような無数の瞬間を通して育まれる。
あるリーダーは数カ月前に交わした会話で聞いた従業員の長期的なキャリア目標を覚えている。ある管理職は他人のせいにしようとするのではなく、自分が間違った判断をしたことを認める。ある人は難しい会議が終わった後、5分ほど時間を割いて、同僚の気持ちを気遣う。
こうした行動はそれぞれはそれほど重要なものには見えない。
それらが積み重なることで従業員が何年にもわたって語り続ける物語になる。
リーダーが思う以上に承認の記憶は長く残る
管理職は人が評価されたことをどれほど長く覚えているかを過小評価しがちだ。
心からの感謝を伝えるのにかかる時間はわずか数秒だ。それにもかかわらず、従業員はその瞬間を何年も覚えていることがある。同様に、何の評価も得られなかったプロジェクトや、別の誰かが称賛された会議、数カ月にわたる懸命な努力がたった1つの批判で台無しにされたような出来事も覚えている。
研究によると、意味のある承認はエンゲージメントややる気、コミットメントを高める最も強力な要因の1つだ。だが最も重要なのはリーダーがどれだけ頻繁に称賛するかではない。その称賛が本物かつ適切なタイミングのもので、評価する貢献に具体的に結びついているかどうかだ。
従業員の記憶に残る管理職は必ずしも最も熱意にあふれた人ではない。
他の人が見過ごすものに気づく人だ。
従業員の記憶に残る管理職は目立つ成功だけではなく、静かに積み重ねられた努力を認める。完璧さではなく成長を称える。成果が誰の目にも明らかになる前に、その努力を認める。
承認は士気を高めるだけではない。
それぞれの貢献には価値があると従業員に伝えるものだ。



