AIは多くのものを加速させる。その1つは、ビジネス戦略だと考える人もいるだろう。あるいは、より制度化された次元でいえば、コーポレートガバナンスである。
別の言い方をすれば、大企業、すなわち企業のビジネス戦略は、AIから大きな影響を受ける可能性が高い。では、このテクノロジーは巨大企業をどのような方向へ動かすのだろうか。
直感的にわかるのは、他の条件が同じであれば、AIは既存のトレンドを強化する傾向があるということだ。したがって、目標が株主のために利益を上げることなら、AIはその目標を引き継ぎ突き進むことで、株主や配当保有者へのリターンを増幅させていく可能性が高い。
私はPierluigi Materaによるハーバード・ロー・スクールのコーポレートガバナンス・フォーラムの示唆に富む論考を読み、より強力なAIに対して私たちの経済がどう反応する可能性があるのかを考えるため、その一部を整理してみたいと思った。
価値観を共有し、示す
Materaは次のように書き出している(長い引用になることをお許しいただきたい)。
「人工知能(AI)はコーポレートガバナンスを急速に変容させている。これまで多くの関心は、業務、コンプライアンス、リスク管理に対するAIの影響に向けられてきたが、株主アクティビズムへの影響も同じように精査されるべきである。特に、テクノロジーに精通した若い投資家が、自らの世代的価値観を企業の意思決定に反映させるようになっているからだ。この変化は、アイデンティティ主導型アクティビズムが出現する可能性を示している。これは、短期的なリターンを超えた優先事項、たとえば気候変動対策、多様性、長期的な社会的説明責任、あるいは共通基盤を生み出す限りにおいて、その他いかなる大義であれ、それを反映する株主エンゲージメントの形態である。AI対応ツールで武装したミレニアル世代とZ世代の投資家は、自分たちが重視する大義を特定し、狙いを定めた提案を作成し、驚くべき精度とスピードで集団行動を調整する能力をますます高めている」
若い小口投資家がより進歩的な理想を持っている可能性があるという意味では、これはすべて有望に聞こえる。しかしMateraは続けてこう書いている。
「2022〜2024年の委任状勧誘シーズンの実証データは、AIの民主化の可能性が構造的に制約されたままであり、その主な恩恵は大規模で十分なリソースを持つ主体に帰属していることを示唆している」
AIによる民主化と株主アクティビズムが「構造的に制約されている」と言われると、全体としては、希望はやや薄れる。
Materaはその後、制約された変化という考えを裏づける4つの「シグナル」に踏み込む。まず、より理想主義的な株主提案の一部は「件数が増えているものの、いまや抵抗が強まっている」とし、ミレニアル世代の参加は予想より少なく、アクティビストが獲得する取締役会の議席も減っていると指摘する。
関連する4つの主張の最後を、そのまま引用しよう。
「第4に、AIは予測分析、センチメント分析、投票シミュレーションなど、アクティビストの戦略にますます組み込まれているものの、これらのテクノロジーは依然として主に機関投資家や十分な資本を持つファンドの手中に集中している。ミレニアル世代主導の取り組みや草の根のイニシアチブは、こうした技術的進歩に有意義にアクセスしたり、そこから大きな恩恵を受けたりする段階にはまだ至っていない」
これはかなり明白だ。大魚が勝ち続けているのである。
経済とサイバー戦
この論考の一節を、行ごとに見てみよう。まずMateraは次のように主張する。
「同時に、企業はアクティビストによる介入に対する防御を強化するためにAIを導入している」
その考えの一部は、予測のためにAIを使うことだ。
「企業は脆弱性を見つけ出し、潜在的な課題を予測し、現職取締役会の立場を強化するため、予測モデリングやセンチメント追跡を利用している」
何のためにか。
「AIが生成した決算説明の台本から高度なリスク評価システムに至るまで、こうしたイノベーションは経営陣の支配を固めるために活用されており、反対派が成功することをより難しくしている」
そして、次の観察である。
「多くの場合、アクティビストに力を与える同じアルゴリズムツールが、彼らを無力化するために転用されている」
Materaはこう結論づける。
「AIのこの二重用途は、核心的なパラドックスを浮き彫りにする。影響力を分散させると期待される同じテクノロジーが、既存の権力構造を固定化する可能性もあるのだ」
AIが世界をより良い方向に変えられると考える人にとって、これは手ごわい現実に聞こえる。
未来はまだ書かれていない
Materaの論考の終盤には、大きな曖昧さがある。筆者はこの部分に、過去は序章であるという題を付けている。
「AIの変革的可能性は、コーポレートガバナンスにおける新たな章を実際に意味しているのかもしれない。それは、これまで築かれてきた基盤の上に立ちながら、可能性に富む未来へと向かう章である。データはまだ決定的ではないが、この約束が実現するかどうかは、最終的には取締役が世代交代に抵抗するのではなく、それを予期できるかどうかにかかっているのかもしれない。先見性と責任を伴えば、この次の章はイノベーション、包摂性、そして持続的な進歩の章になり得る」
つまり、事態はどちらにも転び得る。
経験豊かなビジネスリーダーの考え
もう1つ、紹介しておきたいことがある。最近、私はeBayやMicrosoftなどで要職を務めたMark Lynchと対談し、AI時代にこれらすべてがどのように機能するのかについて話した。
Lynchは、高校時代に自身の考え方を形づくったという逸話から話し始めた。
「私が高校1年生だったとき、3年生だった兄がある日、経済の授業から帰ってきてこう言った。『Mark、経済の目的は株主のために利益を上げることだと学んだよ』。私は思った。『本当にそうなのか。必要なものをつくることが目的だと思っていた。仕事を与えてくれることが目的だと思っていた。つまり、そういうものだと思っていた』。兄は『いやいや、そう習ったんだ』と言った。兄は権威ある存在だった。私の兄であり、先生はさらに権威ある存在だった。そして実際、70年代から80年代を通じて、このメッセージが発信され続けた。経済の目的は株主のために利益を上げることだ、というものだ」
Lynchの話の含意は、これが最上位の目的としては適切ではないということだ。ただし、話がそれた。
新自由主義の時代、そしてその次に来るもの
経済についてさらに語る中で、Lynchは新自由主義を次のように定義した。
「新自由主義とは、実際には70年代から80年代に始まった時代に私たちが与えた名称だ」と彼は述べた。「それは当時の経済学、つまり50年代と60年代の経済学に基づいていた。それが、私たちがよく知る時代をある種つくり出した。私たちはそれを経済学として捉えている。それ以前には、何十年にもわたってケインズ主義があった」
そのうえで彼は未来について語った。
「次に来るものがあるだろう」とLynchは続けた。「そして問われることの1つは、私たちは変化の時にいるのか、ということだ。私は、私たちがまさにそのような時にいると感じさせる出来事が十分に起きていると思う。多くの人、おそらく米国人の多数は、経済が自分たちのために機能しているとは感じていない。私たちは自然環境を劣化させてきた。AIが私たちの頭上に迫っている。それは、いずれにせよ大規模な変化を引き起こすだろう。だからこそ、いまは変化の時なのだ」
彼は議論の早い段階で提示した点に立ち戻った。AIを人間にとって有益なかたちで機能させる必要性である。
「あらゆる変化は機会をもたらす」と彼は言った。「私はテクノロジー楽観主義者ではない。キャリアをテクノロジーの分野で過ごしてきた。テクノロジーは人間の問題を解決できると思う。そして経済の目的は、人間の問題を解決し、その結果として私たちが繁栄できるようにすることだと思う。私たちが経済に望むのはそれであり、経済が常にそうしてくれるわけではない」
彼はこう締めくくった。
「物事を測る正しい方法は、このイノベーションが、私たち自身の生活をより良くする助けとなる何かを解決しているかどうかだと思う」
私も同意する。
引き続き注目してほしい。



