思春期の葛藤において、ホルモンの変化がごく一部の要因でしかない科学的理由
子育てや教育の様子を観察する場所として、私が一番気に入っているのが空港だ。今度フライトを待つ機会があれば、スマートフォンを置いて周囲を観察してみてほしい。子ども、特にティーンエイジャーに対して、大人がいかに冷酷で、無頓着で、的外れであるかがよくわかるはずだ。もしこの言葉が胸に刺さるなら、あなたも搭乗列に並ぶ当事者の一人かもしれない。もちろん、私自身もかつてその列に並んでいたことがある。
近年、ティーンエイジャーであることがいかに厳しい状況にあるかを示す研究が相次いで発表されている。Nature誌が発表した広範な要約では、「現代社会のデジタル化は、子どもや思春期の若者の日常生活の構造や社会的交流を変えることで、複雑な社会学的課題をもたらしている。こうした変化はしばしば座りがちな行動の増加や生活リズムの乱れを招き、最適な心の健康を保つ上での障壁となっている」と指摘されている。一方、あまり注目されなかった研究ではあるが、PAHO(汎米保健機構)は、ティーンエイジャーの自殺が2000年代初頭以降ほぼ40%増加したと結論づけている。以下のグラフが示す1950年代の状況と比較してみてほしい。
ティーンエイジャーの葛藤には、一律の教育カリキュラムによるプレッシャー(自殺率は新学期が始まると上昇する傾向がある)からソーシャルメディアにいたるまで、多くの潜在的な原因がある。しかし、私たちがふだん、彼らにどんな言葉をかけているか振り返ってみてはどうだろう。それは、職場の最も厄介な同僚に対してすら、決して使わないようなコミュニケーションの取り方なのだ。
その原因はきわめて明快だ。親は子どもを一人前の大人だと思い込み、それに見合う行動を期待する。その結果、心の中に深い不満が蓄積していく。しかし、ティーンエイジャーは大人には程遠い。むしろ、逆走している状態なのだ。
教育科学は約120年にわたり、思春期は幼児期に近いものだと教えてきた。
子どもが10代になると、幼児期と同じニーズが再び表面化する。こちらのInstagramの投稿でユーモラスに描かれているように、彼らはたくさんの睡眠を必要とし、物忘れが多く、具体的な指示を何度も繰り返される必要がある。ティーンエイジャーが自立を求めるのは、彼らの神経系やホルモンの働きがそう命じているからだ。それでも彼らは、説教なしの親密さと理解を求めている。幼児が皿洗いについて10分間も小言を言われることなど、まずないだろう。
大人は彼らに対して、「もっとわきまえるべきだ」とか「自覚を持って責任を果たすべきだ」と考えがちだ。どちらも一理ある。思春期は、子どものころの自由を一部手放し、身体的な成長に伴ってできることが増えるため、多くのエネルギーを必要とする通過儀礼なのだ。しかし、私たちのティーンエイジャーへの接し方は、幼少期に見せていた優しさや理解から、大人に求める「今すぐやりなさい」という要求へと、一気に飛び越えてしまいがちだ。そして、ニキビに悩み、数学の授業で好きな人を意識し始め、急激な身体の成長に戸惑い、退屈でたまらない学習要件を押しつけられ、かつてモチベーションの源だった社会的なヒーロー像を見失っている14歳にとって、これほど最悪な接し方はない。
10代の子どもを持つすべての親の必読書とも言える『The Age of Opportunity: Lessons from the New Science of Adolescence』は、私たちがティーンエイジャーをどう捉え、どう対話しているかについて、驚くべき科学的事実と鋭い洞察を示している。周囲からの様々な影響によって、時に危うい方向へと流されそうになる大切な子どもたちと、良好な関係を保ち続けるために、まずは以下のことから始めてみよう。
- 生活を細かく管理するのをやめる: 彼らが自ら世界を探索している時期に、あらゆることに指示を出すのは、親としての立場を悪くするだけだ。
- 身近な人に対するよりも不当に接するのをやめる: 腹が立ったらその場を離れ、気持ちが落ち着いてから話し合おう。ティーンエイジャーは、親の感情的な怒りを処理しきれず、自分を責めてしまいがちだ。
- アドバイスをしたら、あとは本人に任せる: 思春期の子どもには、じっくり考え、どの道が最適かを判断するための十分な時間が必要だ。
- 親以外の「信頼できる大人」とのつながりを持たせる: コーチ、恩師、近所の人など、親子の関係を客観的に支えてくれる第3の大人を見つけよう。
- 言葉づかいに気をつける: 10代に対する言葉のトーンや態度は、皮肉やとげが含まれがちだ。もし子どもが5歳児だったとしたら、どれほど優しく話しかけただろうか。毅然とした態度を崩す必要はないが、もっと優しさを持って接するべきだ。
学校において、ティーンエイジャーは自立して考えることを学んでいる。あなたが教育に携わる立場なら、その権利と機会を彼らに与えてほしい。
不登校の劇的な増加は、無理に登校させたり、出席にお金を出したりすることでは解決しない。重要なのは、彼らの発達段階に見合った環境を整えることだ。
思春期とは、広い社会において「活動する」時期なのだ(ちなみに幼児期は家庭内、児童期は地域社会での活動が中心となる)。もし高校の始業時間を遅くし、視野を広げるような総合的なプロジェクトを提供し、過度な負担を求めなければ、自殺や精神的な葛藤はずっと少なくなるはずだ。
そして、「私たちも皆、思春期を乗り越えて何とかやってきたじゃないか」などと言わないでほしい。周囲を見渡してみてほしい。私たちは何とかやってきてなどいない。そして、彼らもまた、大丈夫ではないのだ。



