もう1つの答え
その答えは、体長1ミリほどの線虫C. elegans(カエノラブディティス・エレガンス)にあるかもしれない、とデンは言う。AI時代のよく知られたスターだ。
「神経細胞はわずか302個しかなく、その神経系全体は数十年前に完全な地図が作られています」とデンは言う。「以来、科学者たちはその脳全体をコンピューター上で再現しようと試みてきましたが、うまくいっていません」。
具体的な研究として、デンは膨張顕微鏡法(expansion microscopy、試料そのものを薬剤で物理的に膨らませ、通常の光学顕微鏡でも微細な構造が見えるようにする手法)を使って脳組織をより詳しく観察する取り組みを挙げた。
「重要なのは、この手法ではDNAやRNA、タンパク質といった生物学的なシグナルもそのまま残せることです。事実上、脳内のすべてのシナプスについて、化学的・生物学的な足跡を記録できます」とデンは説明する。「白黒だった脳の写真に色をつけるようなもので、C. elegansの神経系全体について、はるかに詳細で情報量の多い地図が得られます」。
デンが推すもう1つの手立ては、行動と神経活動、そして刺激に対する反応を1つの実験でまとめて捉えられる顕微鏡プラットフォームを作ることだ。
こうした研究は、人間の脳が、私たちが動かし慣れたあの身体から切り離されたまま、その人の意識をまるごと内側に抱えて働き続ける未来への道を開くのだろうか。
グラウンドトゥルースを探る
こうして下地を整えた上で、デンは一連の見立てを示した。私たちはどこまで近づいているのか。それは人類にとって何を意味するのか。そして、現実的な課題をどう考えればよいのか。この部分は全文を引用したいので、少し辛抱してほしい。いくつかに分けて紹介する。
「そのグラウンドトゥルース(Ground truth)こそが、生物学の知見を取り込んだ人工ニューラルネットワークを使って、1体の動物ごとにデジタルな脳をコンパイルするための材料になります」とデンは言う。「その上で、実物の動物と突き合わせて、再現の忠実度を検証できます。測定し、コンパイルし、比較するというこの一連の流れこそが、SFと科学とを分けるものです。そして私の知る限り、いまこの流れを最後まで通せる動物はC. elegansだけです」。


