昇進は大抵「過去の業績」に報いるもの
企業には奇妙な習慣が定着している。管理職への昇進を個人の成功に対する当然の報酬として扱っているのだ。この考え方は一見、論理的に思える。誰かが一貫して高いパフォーマンスを上げているなら、当然、より大きな責任を担うに値するというわけだ。
しかし、何に対する責任なのだろうか。
組織は従業員の将来のリーダーシップの潜在能力ではなく、過去の業績に基づいて昇進させるケースが頻繁に見られることが研究で示されている。経済学者たちも、営業実績がリーダーシップ能力を予測するという証拠がほとんどないにもかかわらず、企業が最も業績の良い営業担当者を管理職に昇進させることが多いことを明らかにしている。多くの場合、企業は優秀な専門家を失い、経験の浅い管理職を得ることになる。
言い換えると、昇進の判断は往々にして過去の実績に基づいている。次の役職に実際に求められることではなく、その人がこれまでに達成したことを評価している。サッカーチームで最も優秀なストライカーだったという理由だけで、その人をチームの監督に抜擢することを想像してみてほしい。
選手としてプレーすることと監督として指導することは、同じ環境で行われるものの、根本的に異なるものだ。企業はこの違いを見落としがちだ。
優れた管理職は自分を成功に導いたものを手放す
初めて管理職になった人に以前の職務で最も恋しく思うものは何かと尋ねると、多くの人が同じ答えを返す。
実際に仕事をすることを恋しく思っているのだ。
興味深い問題を解決する代わりに、スケジュールは一対一の面談や採用に関する話し合い、難しい協議、人事評価で埋まってしまう。
多くの人は両方の仕事をしようとすることで対応する。引き続き重要な決定を自ら下し、部下の仕事をやり直し、何かがうまくいかなくなるとすぐに介入する。
それは生産的に感じられる。だが、たいていはその逆だ。
管理職が部下に裁量を与えて信頼するとき、部下のパフォーマンスが向上することが研究で示されている。リーダーがチーム内で最も有能になろうとするのではなく、チームの能力を育てるときにチームはより強固になる。
そのためには考え方を大きく変えなければならない。
優秀な管理職の評価基準は、正しい答えをどれだけ頻繁に示すかではなくなる。
チームがその答えを必要とすることなくどれだけ頻繁に成功できるかだ。


