優れた記憶力ほど知性を示すものとして即座に受け取られる特性はないだろう。数カ月前に読んだ報告書の正確な数字を思い出せる同僚や、習慣的に人の名前を決して忘れない友人などは頭の切れる人物と認識され、そうでない人は不注意で集中力に欠けると見なされがちだ。
記憶に関する科学は長年にわたり、これとは逆の方向へと進んできた。脳はどこかから情報が漏れ出しているハードドライブではない。忘却は脳が専用の生物学的な仕組みを用いて意図的に行うものであり、それを脳の欠陥ではなく、うまく機能している脳の特徴として捉える研究がますます増えている。
この見方を最も明確に示したのが、神経科学者のブレイク・リチャーズとポール・フランクランドだ。学術誌『Neuron』に2017年に掲載されたレビューで2人は、記憶の目的が時間を超えて情報を忠実に伝えることではなく、意思決定を最適化することだと論じた。2人の見解では、情報の詳細が徐々に失われる一過性は持続性と同じくらい重要な意味を持つ。古くなった情報を捨てることで行動の柔軟性が保たれ、特定の細部を忘れることで心が1つの奇妙な体験に過度に適応するのを防ぐことができる。
だからといって、物忘れのすべてが知能の高さを示すわけではない。だが思考力の優れた人には特定の2つの物忘れのパターンが現れやすい。
習慣1:正確な言葉を忘れても要点は覚えている
2時間の会議を終えた後に、交わされた発言をひとつも正確に思い出せない人がいる。にもかかわらず、何が決定されたか、誰もが言及を避けたことは何か、そして6週間後に何が問題になるかを正確に語ることができる。その人は本を読み終えた後に節を1つも引用できないが、主旨については非常に明確に理解している。
心理学者はこの背後にある仕組みに名前をつけている。ヴァレリー・レイナとチャールズ・ブレイナードが提唱し、レイナが学術誌『Judgment and Decision Making』に2012年に掲載された論文で詳しく説明した「ファジートレース理論」では、人は2種類の表象を同時に記憶へ符号化するとされている。1つは、正確な言葉や数字といった表面的な詳細を保存する「逐語的痕跡」であり、もう1つは意味を保存する「要旨的痕跡」だ。この2つは別々に保存され、逐語的痕跡の方がはるかに早く薄れていく。
この理論で議論を呼ぶ主張は、要旨に基づく推論は粗雑な思考ではなく、より高度なものとする点だ。学術誌『Journal of Applied Research in Memory and Cognition』に2015年に掲載された論文が示すように、要旨に頼る傾向は発達とともに強まり、専門性が高くなるほど深まる。表面的な詳細とは異なり、要旨の意味は新しい問題へ応用できるからだ。研究の内容を正確に引用できなくても、医師は目の前の患者にとってその研究が何を意味するのかを説明することはできる。
ただし、実際の代償も伴う。要旨に基づく記憶は、ある種の偽りの記憶の影響を受けやすい。というのも、その意味に合致するもっともらしい細部は、あたかも最初から存在していたかのように感じられることがあるからだ。要旨で物事を考える人は、具体的な細部についての自分の記憶を絶対視しない方がいい。



