企業経営や投資の世界で卓越した成果を残してきたリーダーたちは、何を拠り所に意思決定を重ねてきたのか。本連載では、日本を代表するビジネスリーダーや投資家が人生の指針としてきた「バイブル(座右の書)」に迫る。
今回は、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の孫であり、創業家としてウイスキー文化の発信に取り組む竹鶴孝太郎氏に話を聞いた。
私が今回ご紹介したいのは、相田みつをさんの本です。
ただ正確に言うと、私にとって大切なのは「本」そのものではなく、その中にある「言葉」なんです。
小説やビジネス書のように一冊を読み切って理解する本ももちろん好きですが、不思議なことに、私の場合は短い言葉のほうが心の奥深くに残ります。
何度も読み返し、そのたびに新しい意味を発見できる。
相田みつをさんの作品は、まさにそんな存在です。
私が相田さんの言葉に出会ったのは、大学を卒業して会社員になったばかりの頃でした。
まだ相田さんが今ほど有名ではなかった時代です。
出張先だった北陸のあるバーのトイレに立ち寄ると、そこには相田さんの作品が飾られていました。
何気なく目にしたその言葉に強く惹かれ、「これは買えないでしょうか」と店主に尋ねたところ、「よかったら差し上げますよ」と言われたのです。
そのときにいただいた作品は、今でも私の手元にあります(写真右)。

折りに触れて読む相田みつをさんの言葉のなかでも、特に私の人生に大きな影響を与えたのが、「アノネ がんばんなくてもいいからさ 具体的に動くことだね」という言葉でした。
その言葉に出会った当時の私は20代半ば。社会人になったばかりで、何をどう考え、どう行動すればいいのかも、よく分かっていませんでした。
そんなときに、この言葉を自分なりに解釈しました。
まず具体的に考え、具体的に動くこと。そうすれば具体的な結果が返ってくる。逆に言えば、動かなければ何も始まらないということです。
この考え方は、今でも私の中に生きています。
実際、最近手掛けた 2026年6月にオープンした「THE PASONA natureverse retreat」の中にある日本のウイスキーづくりの礎を築いた祖父、竹鶴政孝の相性である「マッサン」の名を冠したバー「Massan's Bar & Lounge」のプロジェクトもオファーを頂いた際、最初は乗り気ではありませんでした。「それは、他の誰かがやればいいのではないか」と思っていたのです。
しかし、実際に「行動してみる」と、分かることがたくさんありました。商標の問題、企業との関係性、ブランドの扱い方――。
頭の中で考えているだけでは決して見えない現実が、次々と現れました。
結局、やってみないと分からない。
それこそが、この言葉が私に教えてくれたことです。
もう一つ、私が相田みつをさんに惹かれる理由があります。
それは、人間の弱さを肯定してくれるところです。
相田さんの言葉には、「人間だからしょうがない」という視点があります。
努力しろ、頑張れ、と押し付けるのではなく、まず弱い自分を認めるところから始まる。
自分を振り返ることは大切だけれど、無理に自分を追い詰めなくてもいい。
その優しさに、私は救われました。
私自身、祖父がニッカウヰスキー創業者、父もそれを引き継ぐ経営者という環境の中で育ちました。周囲から見れば恵まれているように映るかもしれませんが、実際には「自分とは何者なのか」を考えることも多かった。
名前や肩書きによって見られる一方で、自分は自分なんです。
そのバランスをどう保つかは、自分自身で見つけなければなりません。
だからこそ、相田さんの言葉に触れるたびに、「自分は自分でいい」と確認できるのです。




