AIにスペイン旅行の計画を立ててほしいと頼めば、おそらく見事な旅程が返ってくるだろう。
だが、ある旅行を計画することと、あなたの旅行を計画することは違う。AIがしばしばつまずくのはそこだ。AIが知らないことは、知っていること以上に重要になり得るからである。
例えば、そのツールは次のようなことを知らないかもしれない。あなたが幼い子ども2人を連れて旅行すること。同行者の1人がベジタリアンであること。別の同行者は足腰に不安のある祖父母であること。配偶者が乗り継ぎ便を嫌っていること。10代の子どもがサッカーの試合をどうしても見たいと思っていること(¡Hala Madrid!)。そして、あなたが南欧を何度も訪れており、宿泊先、訪問先、食事場所にかなりこだわりがあることだ。
こうしたコンテキストがなければ、AIは有意義な案内ができない。AIが生成する提案は、表面的には印象的でも、実用性は大きく下がる。
私は、企業向けAIをめぐって、組織がこれと似た課題に直面しているのをよく目にする。しかも規模はより大きく、多くの場合、より重大な影響を伴う。
コンテキストはデータではない
多くの組織が理解していないのは、コンテキストはデータと同じではないということだ。
今日、ほとんどの組織はデータ不足に悩んでいるわけではない。問題は、文書化されていない知識にある。意思決定の進め方、ルールの例外、ワークフローの微妙な違い、不文律の方針、その他数え切れないほどの組織知である。
こうした関係性、プロセス、仕事の進め方をめぐる習慣が合わさってコンテキストを形成する。それは企業ごとに固有のものだ。
そのコンテキストは多くの場合、当たり前のように身についているが、必ずしも言語化しやすいわけではない。私の経験では、ある人に自分の役割を文書化してもらうと、実際に行っていることの30〜40%しか記録できないことがある。これは従業員を批判しているのではない。組織を成功に導いている多くの要素が、文書ではなく経験の中に存在しているという現実を示しているにすぎない。
とはいえ、そうした細部は極めて重要だ。それらは組織を結びつけ、業務を円滑に回し続ける結合組織の一部である。
そして、それはAIが再現できるものではない。AIは与えられたコンテキストに基づいて推論することしかできず、AIがあなた以上にあなたのビジネスを理解することを期待してはならない。したがって、AIが課題に取り組む前に、組織はまず、その課題に関連する知識、関係性、ビジネス上のニュアンスを捉える必要がある。
金融の重要な意思決定には、豊かなコンテキストを備えたAIが必要だ
私はインベスターリレーションズ(IR)チームと仕事をする中で、IR責任者(IRO)、CFO、その他の金融プロフェッショナルと協業している。
そこでほどなく明らかになることが1つある。ほぼすべてのワークフローが重大な意味を持つということだ。ターゲットにすべき適切な株主を特定する場合でも、投資家とコミュニケーションを取る場合でも、決算発表用の原稿を作成する場合でも、アナリストとの質疑応答に備える場合でも、精度が重要である。
何を語るか、そしてどう語るかが投資家の信頼を左右し、市場を動かすことさえある場合、適切なコンテキストを持つことの重要性は飛躍的に高まる。そして、汎用AIに空白を埋めさせることにはリスクがある。回答は自信に満ち、論理的で説得力があるように見えるかもしれない。だが、重要なコンテキストが欠けている可能性が高い。
例えば、自社の最大株主の1つとの面談に向けてCEOを準備させる場面を考えてみよう。背景資料が必要だろうか。汎用AIモデルなら、その投資家、最近の業界ニュース、過去の面談メモを数秒で要約できる。
しかし、それは全体像の一部にすぎない。より完全な見立てでは、その投資家の保有比率の変化、自社のIRサイトでその投資家が関心を示してきたコンテンツ、過去の対話で出た質問、直近の同業他社の動向、セルサイドアナリストの変化、その他のシグナルを結びつけ、その投資家が今最も重視している可能性が高いものを浮かび上がらせるかもしれない。
それがなければ、よく運営された面談であっても、投資家に関与度の低さを感じさせかねない。だが、それがあれば、対話は確信を強め、関係を前進させることができる。
90%正しくても、100%役に立たない
AIが目的地までの80〜90%に到達させてくれると、それで十分だと考えたくなる(しかもデモは実に印象的だ)。だが、欠けている10〜20%は、単なる追加の細部ではない。それは多くの場合、その成果がそもそも有用かどうかを決めるコンテキストなのである。
だからこそ、最新・最先端のAIモデルを導入しようとする競争は、本質を見失うことがある。より優れたモデルが、自動的により優れたビジネス成果を生むわけではない。成果を生むのは、より優れたビジネス上のコンテキストと理解である。
自社のプロセスを理解し、組織知を捉え、意思決定の背後にある「なぜ」を理解している組織は、テクノロジーが魔法を起こしてくれると期待する組織よりも、AIから一貫して大きな価値を得るだろう。
リーダーが取るべき行動
私はAIに強気であり……人間にも強気である。だからこそ、AIが人間に取って代わるという考えには同意しない。むしろAIは人間の専門性の価値を高め、自らの組織を最もよく理解する人々は、さらに重要な存在になるだろう。
AIと最も効果的に協働するために、リーダーは次の原則を念頭に置くべきである。
1. 思考を外部委託しない
AIは判断を加速させることはできるが、それに取って代わるべきではない。したがって、AIに決算発表用の原稿作成を手伝わせるのはよい。だが、どのメッセージが最も重要か、あるいは自社がそれをどう伝えるべきかまでAIが決めてくれると期待してはならない。
2. 仕事をより小さく、明確に定義された問題に分解する
私が目にする誤りの1つは、AIに「アプリケーションを作ってほしい」と頼んだり、ビジネスプロセス全体を一度に解決させようとしたりすることだ。それでは、AIにとっても自分にとっても成功しやすい状況をつくっていない。そうではなく、仕事を管理可能なステップに分け、それぞれの段階で適切なコンテキストを提供し、そこから進めていくべきである。
3. ドメインの専門知識を活用する
最も価値のあるAIソリューションは、強力なモデルと、自社の業界、ビジネス、達成しようとしている成果を理解する人材やテクノロジーを組み合わせたものである。
コンテキストという荷物を忘れるな
スペイン旅行の計画を思い出してほしい。コンテキストは、「必需品」とされるものをただスーツケースに詰め込むのではなく、その旅に合わせて荷造りする助けになる。
つまり、休暇の準備であれ、次の決算説明会の準備であれ、成功は今の状況に基づいて適切なものを持っていけるかにかかっている。
AIは、過去に起きたことを要約し、パターンを特定することに非常に優れている。だが、あなたと同じように、企業も過去の中で活動しているわけではない。企業は常に、新しく予期せぬ状況や優先事項に対処している。そこで不可欠になるのが、組織知、判断、そしてコンテキストである。
AIはすでに膨大な情報にアクセスできる。そこから最大の価値を引き出す組織は、AIが自力では見つけられないものを与えるだろう。すなわち、意思決定を導くためのコンテキストである。



