企業のバックオフィスにAI活用の波が広がる中、どこまでをAIに任せてどこから人間がやるべきなのかの線引きが難しくなっている。
AIの活用と企業のリスクコントロールの両立について、企業法務を専門とする弁護士の田中雅敏に聞いた。
「これまで事業部門は契約を取ってくる、法務部門は契約書をチェックするという役割分担がされてきました。AIの活用が進めば、共に契約書を通じて『ビジネスの設計図』を描き、ビジネススキームを共につくる連携プレーがかなうのではないでしょうか」
企業法務を専門とする弁護士の田中雅敏(写真。以下、田中)は未来像をそう語る。企業のAI活用にはリスクがつきものだ。だから法律の専門家のアドバイスが必要になるわけだが、AI任せではなく「AIと人間の共同作業」を行うことによって、企業に価値をもたらすと田中は信じている。
田中が代表を務める明倫国際法律事務所では最近、「AI法務レター」というコラムを定期的に発行している。AIの現場への実装にまつわるさまざまなリスクをガバナンスの観点から解説し、ビジネスに役立つアドバイスを届けている。AIのめまぐるしい進化に追いつくべく、法務の世界も日進月歩で進化しているのだという。
「例えば、新しい法律やガイドラインができた際に膨大な法律文献を整理して要約する作業や、外国の法律の調査や翻訳などで、私たちも大いにAIを活用しています」(田中)
では「いよいよ契約書の作成もAIに任せられるのでは?」と期待する経営者やビジネスパーソンも多いのではないだろうか。しかし契約書の作成や確認となると話は別、と田中は警鐘を鳴らす。
「法務の仕事の核心はリスクコントロールです。そして契約書とは単なる書類ではなく、相手企業とどう組み、どこまで責任を負うのかを取り決めるガイドライン。自社のこれまでの意思決定や事業の方向性といった多くの情報を踏まえて、リスク管理をする。これは経営判断そのものであり、AIではできないことです」
田中によると、AIとの親和性が高い業務は「一定のルールがあって、それに当てはめていく定型性の高い業務」と定義される。例えば給与計算や残業代の計算を行う、一定時間を超えた社員にメンタルチェックを促すアラートを出すといった処理はAIの得意領域だ。
しかし契約書には、企業によってどうしてもこだわりたい条項など、企業の「意思」や「温度感」が込められている。この背景や文脈が企業法務では重要だ。この部分こそが、企業法務部のベテランと若手の壁を分ける暗黙知であり、AIには覚えさせづらい部分なのである。
契約書の中にある「経営判断」をAIで読み取る方法
では、企業法務のリスクコントロールにおいてAIが有効活用されるためには何が必要なのか? その答えは、弁護士が契約書を作成する際に大切にしている「視点」に隠されている。弁護士は、単に契約書の形式的な不備をチェックしているわけではない。
「この会社が今回の取引で実現したい価値は何か。逆にどこに弱みがあり、どういうリスクが潜んでいるか。そういったものを解きほぐしたうえで契約書に落とし込んでいく。このような情報を考えてこそ本当に役立つ自社のリスクコントロールができるのです」
例えば、医療機関とAI開発ベンダーがシステム開発のために契約を結ぶケースでは、医療機関側がベンダーに自社が持つ個人情報や重要なデータを提供する必要がある。そこでもしそのデータを使ったシステムやノウハウが競合他社に流用されれば、医療機関としての競争力に深刻な影響を及ぼすことになる。
「極めて深刻な影響を受けるこうした要項については、契約書においても絶対に譲歩しない。一方で、万が一リスクが顕在化しても損害額が小さい項目であれば、条件をのむという経営判断をすることもあります」
つまりAIに渡すべきは、契約書だけではない。担当者の頭の中にある自社の判断基準やスタンスも重要となる。ただし、どこまでを許容し、どこからは譲歩しなかったのか。多くの場合、その経緯や判断基準は暗黙知となっている。これは前述の「ベテランと若手の壁を分ける暗黙知」を、いかにデータとしてAIに渡すかという問題だ。しかしここに、大きくふたつの壁があると田中は説明する。
ひとつ目は、「過去の意思決定」。それぞれの契約書に、過去に自社でどのような検討や判断が行われたかという情報は含まれていないことだ。つまり、「自社に不利な条項であっても、ビジネスを前に進めるためにここまでならリスクを許容した」というような判断の経緯だ。
ふたつ目は、契約書同士の「ひも付け」。契約書は、親子関係の契約書が増えることが往々に発生する。しかし、各契約書を関連付けて保管していないと、どのような変更があったのかといった知識が蓄積されない。しかも契約書が紙でファイリングされていたり、一部は電子保管になっていたりするなど、保管方法そのものにも問題がある。
「ベースの契約書のある条文については修正パターンが5種類あって、それぞれ買い主と売り主のどちらに有利な修正になっているか。そういった情報を整理してAIにインプットさせることができれば、契約書作成やチェック時に、AIの有用な助言が得られるでしょう。相当強力に使えるようになると思います」と田中は指摘する。
つまり鍵は、契約書そのものにAIをどう使うかではない。契約にまつわる経緯や判断基準といった情報をいかに構造化して蓄積するか、にある。
「AIと人間の共同作業」を忘れるな
田中は、昨今普及してきている契約管理サービスについて、「若手の教育ツールにもなる」と評価する。
「私たちの事務所でも、新人の弁護士はまず契約のチェックをした後に、ベテランの弁護士がもう1回チェックをして、一度本人に返して考えさせる、ということをやっていました。そういった作業も、AIでできるようになる。企業の法務部では、若手担当者であってもベテランに近い視点でリスクに気づけるようになり、判断の『標準化』が進むでしょう」
法務側の判断の標準化は、部門内だけにとどまらない。営業部門が契約データを交渉の武器として使ううえでの土台にもなる。田中が語る『連携プレー』は、こうした形で実現していくのだろう。
さらに契約書のAI活用によるメリットは、法務業務の負担軽減という小さな範囲にはとどまらない。企業のリスク管理が重視されている今、田中は、法務部門を単なるコストセンターではなく、会社を支える「基礎」や「土台」と捉えるべきだと主張する。
「脆弱な土台に家を建てれば最後には倒れてしまうように、法務への投資を怠れば企業の成長は止まってしまうでしょう」
同時に、契約書作成はどこまでいっても「AIと人間の共同作業」になることを忘れてはいけないと田中は指摘する。「一緒にビジネススキームをつくるパートナー」として活用していく関係性であるべき、ということだ。
AIの活用と企業法務のリスクコントロールの両立を高い次元で実現できれば、ビジネスを安全かつ強力に前進させる「ビジネスの設計書」たる契約書をつくり、社内で適切に情報を共有することができる。AIにインプットさせる情報の質を高め、どう意思決定に生かすか。企業法務の真価が今、問われている。
Sansan 契約AXサービス Contract One
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たなか・まさとし◎慶應義塾大学総合政策学部卒。1999年弁護士登録、2001年弁理士登録。10年に明倫国際法律事務所(旧・明倫法律事務所)を設立し、国際ビジネス法務や知的財産権関連法務、企業の危機管理・内部統制など幅広い分野を手がける。明倫国際法律事務所 代表弁護士・弁理士・公認不正検査士。慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任教授。
Sansan×Forbes JAPAN 特設ページ
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