2000年代初頭、米ミシシッピ州ガルフポートにある海洋哺乳類研究所(IMMS)のトレーナーたちは、同施設で飼育しているイルカに、水槽を清潔に保つのに役立つ、ある技を教えた。風で飛んできた、あるいはどこかからやってきて水面に落ちたゴミをトレーナーに渡すと、エサの魚と交換してもらえるという技だ。
これは、動物の訓練における基本的な手法で、「一定の回数以上、望ましい行動に報いるようにすると、その行動が定着する」というロジックに基づいている。動物行動学者たちはこれを「オペラント条件付け」と呼んでいる。
IMMSで飼育されていたイルカたちの大半は、ゴミを魚と交換してもらえるということまでは学んだが、それ以上踏み込むことはなかった。しかし、「ケリー」という名のメスのイルカだけは違っていた。
ケリーの訓練を担当していたトレーナーの当時の話によると、ケリーは紙くずを見つけると、すぐに人間のところに持ってくるのではなく、水槽の底にある岩の下に隠すようになったのだ。その後、紙くずをちぎった小さな一片を携えて水面に現れ、ご褒美の魚をもらうと、またすぐ水に潜り、また紙をちぎって水面に浮上する行為を繰り返したのだという。
つまりこのイルカは、この報酬システムでは想定していなかった、制度の抜け穴に気づいたわけだ。それは、イルカが持ってくるゴミが、丸々紙1枚分であれ、その断片であれ、トレーナーからは同じように魚1匹という交換レートで魚がもらえる、ということだ。この場合、1枚の紙を12の小片に分割して交換すれば、1匹ではなく12匹の魚がもらえることになる。
こうした行動には、優秀な記憶力以上の能力が必要になる。まずは、即座に対価を得るのではなく、より大きな報酬が得られることを予測して「待つ」能力が必要だ。これは、2019年に『WIREs Cognitive Science』に掲載されたレビュー論文で検証された、自制心を発揮する能力と同じものだ。カラス科の鳥から霊長類までのさまざまな種における満足遅延(Delayed gratification:より価値がある報酬を後で得るために、今すぐもらえる報酬を我慢する能力)について検証した研究チームは、こうした「待つ」能力を、前もって計画を立てられる認知能力を示すものとして扱っている。
イルカのケリーは、トレーナーにゴミを渡すとエサがもらえるという一つのルールに、ただ反応していただけではない。このルールを概念的に理解し、さらに、そこにある抜け穴を突いたように見える。



