魚をおとりに使ってカモメを引き寄せるケリーの手法は、正式な研究ではなく、伝聞のエピソードとして語られており、上記の『PNAS』掲載の研究と同様のエビデンスに支えられているわけではない。それでも、その事例も、特定の個体の創意工夫が、社会的に受け継がれ、群れのなかで共有される習慣になる、というパターンには合致している。
こうした事例はすべて、より大きな視点で見ると、イルカの知能の高さとも関連している。ハンドウイルカの脳化指数(体重に占める脳の重さの割合)は、すべての動物のなかでも最も高いレベルに達している。その値は、人間の次に高く、チンパンジーをはるかに上回る。
生物学者は、体重に対する脳の重量比(脳化指数)の高さを、単純に「知性」と直接結びつけることには慎重だ。それでも、ハンドウイルカに繰り返し登場する、柔軟で社会に組み込まれた問題解決の手法と、脳化指数の高さには整合性がある。実際、報酬システムの抜け穴を利用できるレベルで、その仕組みを理解し、その知識を他の個体に伝えているのだ。
「賢いイルカ」のエピソードが教えてくれること
ケリーのエピソードを、「かわいらしい動物が人間を出し抜いた」とまとめたくなる気持ちはわかる。実際、そうした枠組みこそ、この話が20年間にわたって流布してきた理由でもある。
しかし、ケリーと仲間のイルカたちに関するより正確な事実を知ると、この話の本質は、イルカが人間の裏をかいたという点にはなく、むしろ「裏をかく」行為そのものに必要な要素は何か?という点にあることがわかる。それはすなわち、ルールを解釈し、その抜け穴に気づき、後でより大きな収穫を得るために報酬を得るタイミングを先延ばしして、次世代にこの技を教える、という過程だ。
これは、何らかの文化を持つ種において、文化がどう機能するかについての妥当な説明と言っていいだろう。ケリーはたまたま、イルカの知性に備わった能力を示したのであり、それは、担当トレーナーを出し抜いたことよりも重要なことなのだ。
ケリーが一例を示したような、イルカのこうした能力を示す事例のリストは、現在も増え続けている。2001年に『PNAS』に掲載された研究論文では、ハンドウイルカがミラーテストに、信頼に足るレベルで合格したことが示されている。これはつまり、鏡に映った自分を見て、自分の体につけられたマーキングが、他の個体のものではなく、自らの体についているものとして認識できたということだ。これは、大型類人猿やゾウ、カササギなど、一握りの種しか持たない能力だ。


