ケリーによる「ルールを出し抜く行動」の対象は、紙だけにとどまらなかった。IMMSで飼育されているイルカたちは、水槽に着水した鳥をトレーナーに引き渡すと、ボーナス報酬が得られることになっていた。これは、水槽に紛れ込んだカモメを空腹のイルカが食べようとすることがあり、動物福祉上のリスクとして、これを避けたいというトレーナー側の意向があったからだ。するとケリーは、鳥1羽には、単なるゴミよりもはるかに多くの魚と交換可能な価値があることに気がついた。
そこでケリーは、エサとして与えられている魚を食べずに貯め込んだ。つまり、トレーナーが目を離した隙を狙って、紙を隠していたのと同じ岩の下に隠したのだ。そして、これをおとりにしてカモメを誘い、近づいてきたところを捕まえるようになったという話が残っている。鳥を1羽捕まえるだけで、思いがけないほどたくさんの魚を得ることができる。そこでケリーは、迷い鳥が水槽にやって来るのをただ待つのではなく、自らチャンスを作り出したのだ。
急速に広がった「技」とイルカの「文化」
ここまでなら、賢い特定の動物の個体に関するエピソードで済んだ話だったが、次に起きたことで、にわかに興味深い生物学に関するストーリーになった。ケリーの子供も、母親と同じようにエサを多く獲得する裏技を実践し始めたのだ。
さらには、同じ水槽に棲むほかの仔イルカたちもまねし始めた。最終的には、エサを使ってカモメを引き寄せる技を、群れの大半の個体が習得するようになった。
これは、社会的学習が持つ特徴だ。これは、本能や、個々の個体の試行錯誤による行動ではなく、観察と模倣によって受け継がれる行動だ。そしてこのメカニズムは、人間以外の動物に関する文化を定義する際に、生物学者が用いるのと同じものだ。
このケリーの例に似た、野生に生息する群れの事例で、最も克明に記録されているのは、オーストラリアのシャーク湾に棲むハンドウイルカに関するものだ。彼らは、エサとなる魚を探して海底を掘るが、その際に、メスの集団に限って、海綿をくわえて口吻を守る行動が目撃されている。
2005年に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された研究では、この海綿を使ったテクニックが、母から娘へと、ほぼ完全に母系で受け継がれていることが判明した。これは、個々のイルカが個別にこの技を再開発したのではなく、文化の承継として道具が使われていることを示す、教科書的事例だ。


