数年ごとに、職場における進歩が停滞していることを示唆する見出しがメディアを賑わせる。今回の議論の矛先は女性だ。彼女たちは自ら身を引いているのだろうか。野心が薄れてしまったのだろうか。あるいは、リーダーの座を目指すのをやめてしまったのだろうか。
データには注目すべきだ。リーダー層における女性比率の向上が鈍化し、キャリアのステップアップが頭打ちになり、あるいは賃金格差が広がっているのだとすれば、その理由を徹底的に追及すべきである。しかし、私たちは問い自体を間違えているのではないだろうか。なぜ、何らかの停滞が生じるたびに、決まって女性に関する議論ばかりが繰り返されるのだろうか。
ここ数十年、私たちは女性たちに対して、学位を取得し、人脈を築き、より効果的に交渉し、メンターを見つけ、エグゼクティブとしての存在感を高め、リーダーになる準備を整えるよう促してきた。こうした投資には確かに意味があった。リーダーシップ・プログラムやコーチング、スポンサーシップ、メンタリングは、新たな扉を開き、数え切れないほどのキャリアを変えてきた。
しかし、何十年も経った今でも同じ問いを繰り返しているのだとすれば、課題は「人々のさらなる育成」ではなく、「リーダーシップそのものの育成」にあるのかもしれない。私たちは長年、個人が職場でうまく立ち回れるよう支援することに注力してきた。今こそ、リーダーがより良い職場を構築できるよう支援することに注力すべき時だ。
リーダーシップとは、単に本人がもたらす成果だけで定義されるものでは決してない。優れたリーダーは、他者のために機会を創出する。彼らは、本人の潜在能力が誰の目にも明らかになる前にそれを見抜き、要請される前に才能を後押しし、離職の原因となる前に障壁を取り除く。それにもかかわらず、私たちはそうした能力の育成にほとんど時間を割いていない。
もし、従業員に人脈作りを教えるのと同じくらい、リーダーに潜在能力の見極め方を教えることに投資したらどうなるだろうか。もし、有望な人材を引き立てるスポンサーシップが、財務業績と同じくらいリーダーシップの基本要素になったらどうなるだろうか。すべてのリーダーが、非公式な人脈や偶然の機会に頼るのではなく、透明性の高い成長への道筋をつくることを求められるようになったらどうだろうか。
こうした問いこそが、仕事の未来を形づくる。これは女性についての話ではない。男性についての話でもない。リーダーシップについての話である。
かつてないスピードで変化する世界において、あらゆる企業が人材獲得競争を繰り広げている。人工知能(AI)は仕事のあり方を変貌させ、従業員は自らの価値観を再考している。キャリアパスは一直線ではなくなり、雇用主に対する期待も進化し続けている。
このような環境において、組織はただ従業員に適応を求めるだけでは不十分だ。リーダー自身も進化しなければならない。それは、機会が可視化され、昇進のプロセスが透明であり、業績が公正に評価され、ライフステージの変化に応じた支援が受けられる職場を作ることを意味する。そして、能力と同じくらい「機会へのアクセス」が重要であることを認識することだ。なぜなら、存在すら知らない機会を追求することは誰にもできないからだ。
今後、躍進する組織とは、必ずしも女性向けの優れたリーダーシップ・プログラムや、マイノリティ層向けの豊富なメンターシップ制度を持つ組織ではない。組織全体で人材を育成する方法を熟知し、機会に満ちた文化を育み、人々が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を構築できるリーダーを擁する組織である。
これこそが、これまで見過ごされてきた議論ではないだろうか。なぜ人々が昇進しないのかを問う代わりに、リーダーが昇進のための十分な機会を提供しているかを問うべきだ。なぜ人が辞めていくのかを問う代わりに、組織の何が彼らを引き留めにくくしているのかを問うべきだ。個人に対して過去の時代に作られた仕組みへの適応を求め続ける代わりに、リーダーに対して現在、そして未来の労働力に即した仕組みを設計するよう求めるべきなのだ。
リーダーシップの未来とは、人々にさらなるハードワークを強いることではない。より多くの人々が成功できる機会を持つ組織を構築することだ。私たちは長年「人材」を育成してきた。今こそ「リーダー」を育成する時だ。



