国策でコンテンツ市場が急成長
中東市場に注目が集まる理由はいくつかある。まず国民の平均年齢が若い。2055年の平均年齢予測は、欧州や日本が55歳前後であるのに対し、サウジは39歳だ。サウジに関しては、国策の転換も大きい。もともと同国は宗教的に厳格なこともあり、世俗的な海外コンテンツを気軽に楽しめないことが多かった。国内に映画館はなく、アニメは一部を衛星放送で楽しめるだけ。それでもアニメが見たかった若者は海賊版サイトで楽しんでいた。
環境が変わったのは、16年に政府が経済改革計画「サウジビジョン2030」を発表してからだ。この計画ではさまざまな領域における成長戦略が示されたが、スポーツ・エンタメ産業も重点化領域のひとつ。ボクシングの井上尚弥選手も出場した国際イベント「リヤド・シーズン」や24年に始まったeスポーツワールドカップに象徴されるように、国をあげてスポーツ・エンタメ産業を後押しするようになった。
イサムは21年に設立された漫画出版社「マンガアラビア」の社長も務めているが、国内の変化について、次のようなエピソードを教えてくれた。
「新しいプラットフォームをつくったら、それまで海賊版サイトで働いていた人が、『正規でできるならこちらに転職したい』と移ってきました。もともと潜在的にあったものがサウジビジョン2030で解き放たれたのです」
政府のお墨付きを得て急拡大する中東市場は、確かに日本のIPホルダーにとって魅力的だ。イサムは両国の関係についてこう話す。
「日本はサウジから石油を輸入してさまざまな製品をつくっています。逆にサウジに足りないのがIPです。日本からIPを輸入してサウジのイベントやプラットフォームで世界に発信すれば、両国にとって大きなチャンスになります」
ただ、石油とIPでは決定的に違う点がある。日本は石油の産出が将来にわたって困難だが、サウジは今後IPの創出が可能だ。
事実、マンガプロダクションズはクリエイターをはじめとした人材育成に取り組んでいる。イサムが17年にCEOに就任して最初にやったのは、サウジの若者のインターンシップ先を探すこと。東映アニメーションと交渉して11人を2カ月受け入れてもらい、このときのひとりは後に日本国際漫画賞優秀賞を受賞して漫画家として活躍している。これまで4500人以上の若者にインターンの機会を提供しているというから、サウジがオリジナルIPで勝負できる未来はそう遠くないだろう。
そうなれば日本は用なしになるのか──。そんな疑念を打ち消すようにイサムはこう強調した。
「私たちは日本との共同制作にこだわりをもっています。新たな共同制作の計画もある。目指すは“メイド・イン・サウジ・ウィズ・ジャパン”。日本や中東の市場にとどまる必要はありません。一緒に世界をターゲットにしたビジネスをつくっていきたいのです」
ブカーリ・イサム◎早稲田大学理工学部卒、同大学大学院で博士号取得。在日サウジアラビア文化担当官を経て2017年にマンガプロダクションズCEOに就任。東京大学ムハンマド・ビン・サルマン未来科学技術センター執行委員会執行委員。東海大学客員教授。


