すべてのリーダーに、「本当の現場主義」の教養が求められている
「介護の仕事は、その人がどう生きるかを学ぶ場所なんです」
はたつん氏は、現役の介護士でありながら、SNSで絶大な影響力をもつ「介護の表現者」だ。「メディアで10時出社と言っていいんでしょうか(笑)」と屈託なく笑う彼女は、複数の現場をかけもちし、単発バイトやインフルエンサー業を縦横無尽にこなす。介護士の固定観念を軽やかに飛び越える彼女の言葉には、福祉の枠を超えた、人と組織の本質が詰まっていた。
さて、私たちが普段、ビジネスの現場で軽々しく口にする「顧客視点」や「当事者意識」という言葉は、どれほど本物だろうか。きれいにまとめられた報告書だけで、現場を理解した気になってはいないか。彼女の活動を知ると、その生ぬるさに背筋が伸びる。
彼女は、大人用オムツを自らはいて排泄を試みる動画を配信し、大反響を呼んでいる。「『おしっこをして』と言われても、目の前に人がいたら人間は出しづらい。その当事者の立場になって考える想像力が、介護には不可欠なんです」。言葉のきれいごとではなく、文字通り体を張って他者の尊厳を理解しようとする。これこそが、彼女の言う「圧倒的な想像力」の正体だ。
だが、そんな彼女でも、業界の古い構造には強い問題意識をもっている。現場の若者が楽しんで撮影したSNS発信を、上の経営層が「怖いから」とストップをかけてしまう現状があるという。「せっかく若者がやろうとしている才能を摘んでいる」と彼女は語る。今の時代、若者の求人は「おすすめ動画にどう載るか」で決まり、楽しそうな現場のリアルを見て見学や行動につながる時代だ。それなのに、経営側がリスクを恐れて「ブラックボックス」のなかに隠そうとする。透明化こそが信頼を生み、ひいては不適切なケアを正す自浄作用にもなる時代において、このズレは致命的だ。
取材の最後に、私は自身のマネジメントや組織のあり方について深く考えさせられた。私たちは、ルールやリスクヘッジという耳当たりの良い大義名分のもとに、現場のリアルな声や若者のみずみずしい感性をブラックボックスに閉じ込めてはいないか。
はたつん氏が体現する、泥くさいまでの「他者への想像力」と、硬直した組織を「透明化する勇気」。それは、介護の世界にとどまらず、激しく変わりゆくすべての産業のリーダーに求められる「本当の現場主義」の教養なのだろう。

北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『採用の問題解決』。


