物事のなかには、気づきやすいものとそうでないものがある。会議室に足を踏み入れたとき、誰がその場にいるかは容易にわかる。だが、誰がその場にいないかは、それほど明白ではない。私たちは、欠けている人物について、どれほど意識を向けているだろうか。
最も重要な場面での「見えない不在」
『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に最近掲載され、Forbesのシニア寄稿者キム・エルセッサーが明快に解説した研究によって、「見えない不在」に関する驚くべき事実が明らかになった。役員会議室、スポーツ中継、専門家パネルなど、歴史的に男性中心とされてきた場では、男性も女性も含めた人々が、女性の不在を認識・検知していないというのだ。
テクノロジーや工学に関するパネルに女性が一人も登壇していなくても、その場が男性のみで構成されていることに、ほとんどの人は気づかない。この見落としは、特定の空間を「男性の場」として固定化することにつながり得る。
予想外のものだけが目に留まる
研究はこの現象を「私たちの予想」という観点から説明する。役員室には男性がいるものだと予想し、幼稚園には女性がいるものだと予想する。実際、幼児教育の現場のように伝統的に女性が多数を占める場では、男性の不在も見過ごされていた。
重要なのは、これが無意識のレベルで起きているという点だ。つまり、職場で女性が意図的に排除されているとは限らない。しかし、そもそも誰も気づかないのであれば、それを問題として提起することは極めて難しくなる。
こうした場に女性を一人加えると、人々は認識し始める。一人の女性の存在は、ジェンダー不均衡を思い出させるリマインダーのような役割を果たす。だが、「トークン(形式的な)」女性の存在は諸刃の剣でもある。一人の女性がいることで、実態以上に多様性があるかのように感じられ、女性が実際より十分に代表されているように見えてしまうのだ。
柔軟な働き方にとって、これが意味すること
女性は柔軟な働き方を選択する割合がはるかに高いため、職場で重要な場面に「見えない不在」となっているかもしれない。
注目度の高い機会や昇進につながる案件が、女性が一人もいない会議で振り分けられるとき、誰かが立ち止まって「ここに誰が欠けているか」を配分決定の前に問うだろうか。不在そのものが検知されにくいという証拠を踏まえれば、それは望み薄だといえる。
また、他のメンバーが対面で参加するなか、女性が一人でもオンラインで参加していれば、組織とその内部の人々は、自分たちが実際以上に多様で代表性があると感じ、さらなる行動を起こさなくなる可能性がある。
人は、自分が問題と認識していないことを解決しようとは思わない。医療分野でも同様のパターンが観察されている。医療従事者は女性の割合を過大評価する傾向にあり、その推定が正確でないにもかかわらず、さらなるジェンダー平等の推進に消極的だという。
先を見据えるリーダーができること
ジェンダー平等や組織の多様性を評価する際、単に従業員全体の人数を数えるだけでは不十分だ。重要な会議や非公式な意思決定の場に、誰がいるのかを測定しよう。それこそが、真の機会平等をより正確に示す指標となる。
誰がその場にいて、誰が欠けているかを意識的に認識し、確認する習慣をつけよう。場合によっては、正式な議題として組み込む必要があるかもしれない。すべての従業員が考慮されるまで、重要な意思決定を先送りするべきだ。
一部の社員にハイブリッドワークが認められているのであれば、その方針を正式に制度化し、すべての社員が利用できるようにしよう。ただし注意点がある。制度があるからといって、全員がそれを使いやすいと感じるとは限らない。父親の育児休業を考えてみればわかる。多くの国や企業が父親に育児休業取得の権利を認めているが、その権利は依然として十分に活用されていない。なぜか。父親たちは、この休暇を取ることでキャリア上の不利益を被ると感じているからだ。同じことがハイブリッドワークにもあてはまる。リモートワークはしばしば母親やケア役割と結び付けられ、そのスティグマ(負のレッテル)ゆえに利用が抑えられてしまうのだ。
従業員のウェルビーイングのために柔軟な働き方の活用を促したいリーダーは、自らが柔軟な働き方を実践するロールモデルとなり、目に見える形で出社している社員をひいきしていないかを常に意識するべきだ。
表裏一体の問題
日頃から会議室にいるはずの女性の不在に敏感に気づき、声を上げてきた人ならわかるだろう。訓練と意識的な努力によって、職場での女性の不在は確かに検知できるようになる。これは他のあらゆるスキルと同じく、磨けば身につく技能であり、いったん習得してしまえば、その「空席」に気づかないことは不可能になる。
職場において女性のアライ(味方)となることは、国際女性デーの朝食会に出席するだけでは足りない。それは、女性が有償労働に参加する妨げとなっている本当の障壁を理解することであり、同時に、男性がケアや家庭での役割を全うすることを阻む障壁を理解することでもある。これらは表裏一体の問題なのだ。



