社会課題解決を図る起業家を育てるプロジェクト「TOKYO Co-cial IMPACT」。「持続可能性(社会的インパクト)」と「成長(経済的リターン)」の両立を目指す社会起業家、スタートアップなどと自治体・大企業等との共創を促進し、さまざまな支援プログラムを展開している。
2026年5月のデモデイでは、アクセラレーションプログラムに参加したスタートアップ5社がピッチ大会形式で成果を披露した。
最優秀賞に輝いたのは、アフリカ農村部の情報・金融格差に挑むDots forの大場カルロス。優秀賞には、子供の送迎と放課後の居場所を結ぶhabの豊田洋平が選ばれた。2人の起業家は、プログラムを通じて何を手にしたのか。
アフリカの農村に、通信と「繋ぐ手段」を届ける
「都市へ出稼ぎに行くか、村に残って貧しく不便な暮らしを受け入れるか。アフリカの村に住む人には、これまで2つの選択肢しかありませんでした。私たちが届けたいのは、村にいながら稼げる第三の選択肢です」
そう語るのは、Dots for代表の大場カルロス(以下、大場)だ。
電気も通信も不安定なアフリカの農村に通信環境を整え、そのうえに職業訓練コンテンツや起業プラットフォーム、買い物や少額の融資といった金融サービスを重ねることで、村の中に農業以外の兼業収入を得る手段をつくる。
事業の最前線に立つのは、現地で採用した社員たちだ。言葉も通じない村で顧客の信用を得るためには、地域に根ざした彼らの存在が欠かせない。
Dots forは、これらのビジネスを補助金や行政予算に頼らず、B to Cモデルで、地元住民から分割払いのモデルを通じて事業の持続性を成り立たせている点が特徴だ。
「補助金や行政予算に頼る事業は、予算が尽きれば終わる。だからこそ現地の人がお金を払ってでも使いたいサービスでなければ意味がありません」(大場)
事業として強くあることへのこだわりは、肩書きへの違和感にもつながっている。大場は、「ソーシャルアントレプレナー」という言葉が先行する状況に違和感を覚えている。事業として成立してこそ、その結果として社会的インパクトが生まれる──それが大場の考えだ。
一方で、社会的インパクトを語る力は、事業を前へ進めるうえで欠かせない。たとえば、出資を検討するインパクト投資家に、事業が生む変化が伝わらなければ、話は先へ進まないからだ。
ところが、大場のもとにあるインパクト投資家から返ってきたのは「社会的インパクトを生んでいる会社には見えない」という言葉だった。
手掛けている事業がインパクトを起こしている確信と、それを言語化する力のあいだにあるギャップ。これを埋める場として大場が選んだのが「TOKYO Co-cial IMPACT」への参加だった。
大場は、自社の社会的インパクトをまとめた「インパクトレポート」の完成をゴールに据えていた。役立ったのは、レポートの基本の型を教わりつつ、その型を壊してよいと後押しされたことだ。
インパクトが生まれる道筋を整理する「セオリー・オブ・チェンジ」は通常、直線の因果図で描かれる。だが大場は、村の人々が段階的に豊かになる様子を、上から見れば円、横から見れば螺旋の独自の図に描き直した。
「『これって正解なんですか?』と気軽に聞けるメンターがいたのが大きかった」(大場)
完成したレポートには、収入が4倍になったバイクタクシー運転手など村の人々の証言を惜しみなく載せ、約35ページの全体を一つのロジックでつないだ。型どおりでない表現に踏み出せたのは、迷ったときでも、すぐに相談できる伴走者がいたからだ。完成したレポートは、投資家をはじめ社外に自社のインパクトを語るための土台になっている。

「小1の壁」に、放課後のインフラで挑む
habのピッチが行われたのは午後3時ごろ。小学生の送り迎えが行われる時間だ。
「時短で仕事を切り上げ、車で迎えに来てくれる母の横顔が、ずっと印象に残っているんです」
そう語るのは、hab代表の豊田洋平(以下、豊田)だ。
豊田が挑む課題は「小1の壁」。子どもが小学校に上がると、放課後の預け先や習い事への送り迎えの負担が一気に増し、親は働き方を変えざるをえなくなる。かつて豊田の母が抱えていた負担そのものが、habの事業の出発点になっている。

habがつくったのは、親が送迎を習い事施設や学童クラブにまるごと任せられる仕組みだ。移動の時間さえも学びや体験の場に変えながら、費用は施設側が負担し、保護者の直接負担は抑えられる。SaaSと業務委託を組み合わせた「送迎BPaaSサービス」だ。
豊田がプログラムに参加した目的は、創業地の神奈川県で確立させてきた自治体連携のスキームを東京都に広げることと、資金調達に向けてインパクトを整理することだった。
しかし、費やした時間のほとんどは、営業でも調達準備でもなく、「自分たちのインパクトとは何か」を定義することだった。
habは、送迎の会社ではなく、預かり・移動・体験をつなぎ直す「放課後インフラ」である──。答えが固まったのは、プログラム終了の1カ月前だった。
「自らの定義にこんなに時間がかかるとは思っていませんでした。でも、言葉にできた瞬間、伝えられることが大きく変わったんです」(豊田)

定義が固まった直後、プログラム担当者の紹介で港区産業振興センターとの打ち合わせが実現した。セオリー・オブ・チェンジが定義された状態で話をしたところ、とんとん拍子に連携の話がすすんだとのこと。
かつての豊田は、人脈と熱意で行政との関係を切り開いてきた。だが行政の意思決定は、その場にいない人が下すことも多い。担当者の共感を得るだけでは足りず、誰が見ても伝わるロジックと資料が欠かせない。言葉にできたことが決め手になり、大きな協定が実った。
さらにhabはこれから「放課後プラットフォーム=居場所づくり」の事業にも進出する予定だ。JR西日本とともに小学生向け駅ナカ預かりサービス「ねんりんキッズ」をプロジェクト展開し、7月にはサマースクールの募集を開始している。
*申し込み期限の詳細は「ねんりんプロジェクト」へ
「体験格差とは、つまり情報格差。本来、子どもには人生を変えるような体験や、自分に一番合う価値観との出合いがもっとあっていいはずなのに、移動といった物理的な制約でアクセスできていない状況です。そこに送迎サービスでアプローチしながら、さらに僕たち自身も新たな体験機会を提供していくことが今の目標です」(豊田)
2人を支えた伴走と、これから
2人がプログラムで得たものは同じではない。それでも共通していたのは、伴走を通じて事業を見つめ直し、次の成長につながる基盤を整えたことだった。その変化は、プログラム終了後にも表れている。
Dots forのインパクトレポートは、もともと出資を得るための資料だった。ところが、レポートに載せる現地の情報を集めようと、農村で働く社員に事業の意義を一つずつ説明していくうちに、窓口になった社員の理解がみるみる深まっていった。
手応えを感じた大場は、さらに多くの社員に話を聞いて回った。すると、話を聞いた社員から順に、意識が変わり始めた。
「出資のために始めたのに、気づけば社内文化の浸透に使えるものになっていました」(大場)
豊田が得たのは、行政や投資家に示せるインパクトの数字だった。送迎負担を1日2時間、年間240日、駅ごと100世帯と置き、habを主要駅50駅へ広げた場合を試算すると、子どもには年間約240万時間の体験機会が生まれ、親には約84億円分*の生産性が戻ってくる。
*2時間×240日×3500円(時給)×100世帯×50駅の試算に基づく
壮大な目標を掲げて突き進むのではなく、いつまでに、どのエリアで、どれだけの変化を生むのかへと因数分解する。この作業は、伴走なしには進まなかったという。
「行政の方に、あなたのエリアでhabを使えば何億円の生産性が戻るかを言える。行政にとっても、手柄になるデータなんです」(豊田)
かつての自分たちを振り返って、大場はこう語った。
「大きな社会課題に挑む起業家には、時間が足りません。だからこそ、参加したほうがいいと思います。私自身、事業のインパクトを言葉にできない状態から、効率よく抜け出せましたから」(大場)
「TOKYO Co-cial IMPACT」アクセラレーションプログラムの令和8年度の募集は、2026年7月から始まっている。
TOKYO Co-cial IMPACT
アクセラレーションプログラムは、社会的インパクトと経済的リターンの両立を目指し、すでに事業を展開している企業の成長を、専門家の伴走支援によって後押しするプログラムだ。令和8年度の募集は2026年7月から始まっており、詳細は公式サイトで確認できる。
本事業では、現在、社会課題解決のために自社をさらに成長させたい方、こうした方々と共に地域課題や社会課題を解決したい方に向けて、エントリープログラムも実施している。
おおば・かるろす◎Dots for代表。アフリカ農村部の情報・金融格差の解消に取り組む。通信環境の整備に加え、買い物や少額の金融サービスを届け、農村住民が収入を得るための機会をつくる。「TOKYO Co-cial IMPACT」アクセラレーションプログラムのデモデイのピッチ大会で最優秀賞を受賞。
とよだ・ようへい◎hab代表。子どもの送迎と放課後の居場所運営を統合し、移動時間を学びの場に変える「放課後インフラ」事業を展開。施設向けの送迎代行を軸に自治体との共創を進め、港区との共創パートナーシップ締結、JR西日本との資本業務提携に至る。同デモデイのピッチ大会で優秀賞を受賞。



