AI(人工知能)分野の進化は目覚ましい。この急速な進化がもたらす影響の一つとして、ビジネスリーダーが少なくとも基本レベルで理解しておくべき新しい専門用語が次々と登場している。多くの場合、これらの用語はまだ具体的な行動に結びつく段階にはない。購入すべき製品や、立ち上げるべきチーム、出すべきガイダンスなどがあるわけではないからだ。しかし、これらは往々にして、業界が現在起きている変化を定義しようとする試みであり、わずか数カ月のうちに、少なくとも事後対応を必要とする展開へと変わり、先手を打って行動すればビジネス上の利益をもたらす可能性を秘めている。次の取締役会に備えるにあたり、経営陣(Cクラス)が把握しておくべき5つのキーワードを紹介する。
それぞれの用語を詳しく見ていく前に、すべてに共通する点について簡単に触れておこう。第一に、これらがニュースで取り上げられているのは、そこで示されているトレンドがすでに現場で芽生え、進化しているからだ。実際、私の見解では、こうしたトレンドに名前が付けられたのは、トレンドを特定しその影響を理解しようとするビジネス上の必要性からだ。とはいえ、これらのトレンドはいずれも初期段階にあり、その完全な姿はまだ見えていない。ニュースになっているという事実そのものが重要なのではない。重要なのは、それぞれがなぜニュースになっているのか、そして企業がなぜ個々のトレンドに注目すべきなのかである。これについて以下で解説する。
キーワード1:デジタルレイバー(デジタル労働)
それは何か:デジタルレイバーとは、AIが業務上の役割を担い、ソフトウェアの開発やテストから、カスタマーサポート、マーケティング用コンテンツの生成に至るまでのタスクをこなすことを指す。なお、AIモデルやその他のインフラを育成するための低賃金のギグワーカーによる労働という別のトレンドもデジタル労働と呼ばれることがあるが、ここではそれを指しているわけではない。
なぜ取締役会が関心を持つのか:ビジネスに与える潜在的な影響が極めて大きいからだ。前向きな側面としては、デジタルレイバーは営業コストを劇的に削減でき、人材投資を比例して増やすことなくビジネスをスケールさせることを可能にする。しかし、AIの労働力を追加することは、セキュリティや人間の労働力との統合、新しいワークモデルに向けた人間のリスキリング、AIの効果的な利用方法の理解など、新たな課題をもたらす。重要な問いはこうだ。デジタルレイバーの台頭において、現在の人員計画は理にかなっているか。何が、なぜ変わるのか。
知っておくべきこと:デジタルレイバーの現状はまだ初期段階にある。2025年のMITのレポートによると、95%の企業がまだ投資対効果(ROI)を得られていない。とはいえ、技術は急速に進化しており、特にソフトウェア企業においては成果が見え始めている。組織内でデジタルレイバーの統合を探る箇所を見つけることで、社内での経験の足がかりが得られ、内部の課題を理解することができ、トレンドの成熟と社内理解の向上に合わせて戦略を発展させることが可能になる。
キーワード2:エージェンティック・ライフサイクル
それは何か:AIエージェントは、AI駆動型ソフトウェアの新しいモデルだ。主に決定論的な方法であらかじめ定義されたタスクを実行する従来のソフトウェアとは異なり、AIエージェント・ソフトウェアは意思決定、計画、実行を行い、さらには他のAIエージェントを率いて対話することさえある。エージェンティック・ライフサイクルは、ソフトウェアにおける「ソフトウェア・ライフサイクル」に相当するもので、AIエージェントが組織に導入されてから引退するまでの完全な管理を指す。
なぜ取締役会が関心を持つのか:AIエージェントは多くのビジネスワークフローに根本的な変革をもたらすからだ。これまでタスクを実行していた従業員は、今後はAIエージェントのチームを管理するマネージャーとしての役割を果たすことになる可能性が高い。人間の仕事は、実行よりも、タスクの定義、オーケストレーション(調整)、そして評価により重点が置かれるようになる。この移行を正しく管理できればビジネスに利益をもたらすが、移行に失敗すれば生産性の低下やコストの増加、その他のビジネスリスクにつながる恐れがある。一方で、AIエージェントの利用は無料ではない。そのライフサイクルを管理すること自体が一種の能力であり、組織が習得しなければならないものだ。ライフサイクル管理のコストや関連するスキル開発は、事業計画に組み込む必要がある。デジタルレイバーと同様の問いがここでも当てはまる。人員計画は今もなお適切か。インフラ計画はエージェントのライフサイクル管理に対応できる準備ができているか。
知っておくべきこと:エージェントのライフサイクル管理の経験を積む最も簡単な方法は、それをアウトソーシングすることだ。今や、ほぼすべての業務機能に対して、エージェントを販売する企業が存在する。これらのエージェントは最終的な解決策としては適切でないかもしれないが、いくつかのベンダーと関わることで、初期費用や負担をすべて背負い込むことなく、チームにエージェンティック・ライフサイクルの経験を積ませることができる。AIの進歩に伴い、「自社開発か購入か」という問いは、チームが定期的に再検討する必要がある課題となるため、この初期の経験は別の側面でも価値を持つ。別の選択肢としては、いくつかのパイロットプロジェクトを開始し、エージェンティック・ライフサイクルの専門知識をチームに取り込むことだ。いずれの方法をとるにしても、ユースケースはできるだけシンプルに留め、投資対効果を明確に測定できるようにすること。これが、チームが費用対効果分析を理解し、ビジネスの成果に向けて正しいステップを踏めるようにするための最善の方法だ。
キーワード3:AIトークノミクス
それは何か:広義には、AIに関する費用対効果の予算分析を指す。この用語は、現在ほとんどのAI基盤モデル(ChatGPT(チャットGPT)、Gemini、Claude(クロード)など)の課金基準となっている、AI運用の単位である「トークン」に由来する。暗号資産やブロックチェーンにおける「トークノミクス」という用語と混同してはならない。AIの文脈におけるトークン経済学とは、AIのコストとAIが生み出す投資対効果(ROI)の関係性を理解するための必須の実践である。
なぜ取締役会が関心を持つのか:AIのコストが急騰しているからだ。かつては従業員にAIの利用を促し、昇進の条件に組み込むほどだった企業も、今ではROIに基づいたより原則的な利用へと舵を切っている。コストのバランスを取りながら、AI関連のビジネスの進歩に取り残されないようにするためには、自社のAI戦略がAIを十分に理解し、支出を測定可能なROIに結びつけられているかをすべての企業が自問すべきだ。
知っておくべきこと:AIを費用対効果高く利用するためのベストプラクティスが存在する。考慮すべき主な要素は以下の通りだ。(a)AIには幅広い価格と機能がある。最も高価なものは、最も重要で収益を生み出す用途に取っておくこと。(b)測定と最適化を行い、その方法を従業員に指導すること。(c)従業員の「AIフォース・マルチプライヤー(掛け算効果)」を理解し、人とAIの組み合わせが最大の価値を生み出す方法を把握すること。(d)AIの利用そのものではなく、ビジネスの成果を譲れない条件として維持すること。
キーワード4:フォワード・デプロイド・エンジニアリング
それは何か:Palantir(パランティア)が始めたフォワード・デプロイド・エンジニア(FDE)は成長中のトレンドであり、OpenAI(オープンAI)やAnthropic(アンソロピック)、Amazonといった企業が、それぞれのFDE部門に何十億ドルもの資金を投じている。FDEとは、顧客の職場に常駐し、AIツールの統合を支援するエンジニアのことだ。自社にいる従業員のような存在だが、その給与はAIベンダーから支払われており、おそらくベンダー側の利益もその目標に含まれている。場合によっては、これらのFDE事業はプライベート・エクイティ(PE)ファンドとも結びついており、一見関係なさそうな企業も含め、より多くの企業が利害関係に巻き込まれている。
なぜ取締役会が関心を持つのか:短期的には、FDEはビジネスにとって大きな恩恵となり得る。彼らはAIの導入を加速させるのを助けてくれるからだ。しかし、彼らの関心は自社のビジネスだけでなく、雇用主のビジネスにもある。自社の従業員の隣にこうしたFDEが多数席を並べる状況を、どのように管理すべきか。協働をサポートするためのポリシーは策定されているか。知的財産(IP)のリスクを理解しているか。OpenAIとApple(アップル)の間で起きたように、AIプラットフォームが自社のビジネス領域への進出を決めた場合、最終的にそのベンダーが競合他社になる可能性はないか。これらの協働の多くでは、ベンダーから顧客への「スキルの移転」が目標として掲げられているが、人と人との関わりにおいて、逆方向の「知識の流出」が起きるのも自然なことだ。後者を評価する体制は整っているか。
知っておくべきこと:少数のFDEであれば、戦略的なメリットをもたらす。しかし、多数にのぼる場合や極めて機密性の高いプロジェクトにおいては、人員面やビジネス上のリスクとなり得る。FDEの立ち入りを許可するプロジェクトは慎重に選定し、チーム内での彼らの滞在期間(ライフサイクル)を適切に管理すること。もし、あるベンダーが競合他社のように見え始めたり、自社のビジネスに参入する兆候を示したりした場合は、他の競合他社に対するのと同様にそのベンダーとの関係を管理すべきだ。何よりも、可能な限りマルチベンダーのアプローチを維持すること。
キーワード5:テイスト(審美眼・センス)
それは何か:AIが多くのタスクを代替するなかで、人間がもたらす最大の価値とは何だろうか。その価値の一つがテイスト(審美眼・センス)だ。これはドメインの専門知識、直感、判断力などとも呼ばれる。AIが人間のチームよりも速く何でも作れる時代において、競争上の差別化要因は「どれだけ速く作れるか」ではなく、「そもそもそれを作るべきか否か」である。テイストは個人の能力として語られることが多いが、企業にも当てはまる。成功を収めている企業は、顧客が何を求めているのか、市場で何が機能し、何が機能しないのか、およびどの課題を解決し、どの課題を避けるべきかを見極めるテイストを備えている。
なぜ取締役会が関心を持つのか:AIは社内外における企業の価値評価の方法を変えたからだ。AIの時代、自社が投入するあらゆる製品は、その機能が目に見えるものである限り、瞬時にコピーされる可能性があると考えるのが無難だ。目に見えないのは、それを設計した組織やチームのテイストである。しかし、このテイストは失われやすい。優秀な人材がそのテイストを競合他社に簡単に持ち出すことができるからだ。また、法的手段で保護することも容易ではない。従業員に対して、営業秘密や知的財産(IP)を持ち出さないよう義務付けることはできても、彼らの「判断力」を自社に残していくよう義務付けることはできない。自社のテイストというリソースを守る準備はできているか。
知っておくべきこと:テイストが単に従業員個人の特性ではなく、企業の特性でもあるという考え方は、まだ芽生え始めたばかりだ。これをいち早く認識することで、優位に立つことができる。優秀な従業員の離職を防ぐ対策を講じ、優れたテイストをチーム間で共有して、個人の才能ではなく組織の知識(ナレッジ)として定着させることができる。
まとめ
これらのキーワードは個別に評価することもできるが、ビジネスにとって重要な形で組み合わさることが多い。例えば、FDEが意図せずとも、テイストをベンダーに持ち帰ってしまうことがある。エージェンティック・ライフサイクルを管理する能力は、効果的なデジタルレイバー戦略を実行できるかどうかに影響を与える可能性がある。そして、優れたAIトークノミクスがなければ、ビジネス上のROIを生み出すようなエージェンティック・ライフサイクルやデジタルレイバーの導入は困難になるだろう。
絶対に譲れない一線
これらすべてが最終的に行き着くところであり、取締役会の議論でも重要となるはずなのが、絶対に譲れない一線、すなわち「ビジネス上のROI(投資対効果)」だ。これらの要素はすべて、うまく扱えばROIを向上させる可能性を秘めているが、不適切な対応をすればROIを損なうリスクとなる。そこに焦点を当て、すべてを適切に機能させるための測定の基準(ガードレール)とすべきだ。



