東京で世界各地のグルメが食べられる時代になって久しいが、それら海外由来のエスニックな料理が日本風にアレンジされることはよくある話だ。
同じことは日本以外の国でもある。その筆頭として、すでに何度か紹介した「韓国中華」を挙げたい。
なかでも中国北方発祥の炸醤麺(中国語読み「ジャージアンミエン」)が、韓国でローカライズ化された黒くて甘いソースの「チャジャンミョン」が知られている。これは中国の炸醤麺とは見た目も味も異なる別モノだ。
炸醤麺が韓国に伝わったのは19世紀末とされ、戦後、麺にかける肉ミソを韓国人好みの味に変えたことで「国民食」に生まれ変わったといわれる。
実は東京でも韓国中華の店はある。新宿歌舞伎町のはずれの職安通り沿いや古くからあるコリアンタウンの荒川区三河島界隈に点在していて、最近では『香港0410』のような韓国の芸能人が始めた飲食チェーンでもチャジャンミョンは食べられる。
今回は5月下旬に筆者が訪ねたソウル近郊のレポートの続きとして、韓国中華の代表であるチャジャンミョン発祥の地、仁川の中華街の現在をレポートしたい。
仁川中華街は映画のセットのような街並み
今日、韓国の空の玄関口として知られる仁川国際空港がある仁川は、もともとは1883年に開港された、日本における横浜や中国の上海のような西洋近代化の先駆けとなった港湾都市である。その後、多くの中国商人や日本人、西洋の外交官、旅行家、宣教師たちが訪れ、治外法権化された外国人租界も生まれた。
それから100年以上の歳月を経て、今日、訪ねる仁川の「表の顔」は中華街となっている。
1899年にソウルと開港地を結ぶために開業した仁川駅を降りると、通りの向こうに牌楼(中華門)が建つ。それをくぐると、ゆるやかな上り坂となっている。
横浜中華街の雑然としたにぎわいを知る人にとっては、まるで映画セットのような整然とした街並みの連なりに少し違和感を覚えるかもしれない。「ここはテーマパーク?」というような印象を持つ人もいることだろう。
駅からの坂を上り詰めた正面に建つのが「共和春」と呼ばれる韓国中華のレストランで、この店がチャジャンミョンの発祥の地と言われている(あとで説明するが、元の建物は別の場所にあり、現在博物館になっている)。
共和春では、迷わずチャジャンミョンをいただいた。分厚いメニューを開くと、普通の7000ウォン(約770円)のチャジャンミョンと1万2000ウォン(約1320円)の「共和春ジャージャー麺」と日本語の説明もある同店特製品があり、せっかくなのでそちらにした。
しばらくすると、キュウリの千切りがトッピングされた黄色い小麦麺と、水溶き片栗粉でとろみをつけ具材がたっぷり入った特製黒ミソを、別々の器に入れて中国人の女性店員が運んできた。
筆者は北京で何度か炸醤麺を食べたが、味の特徴はしょっぱさにある。また韓国同様、具材と肉ミソを麺にかけて出されることも多いが、北京の場合、トッピングはキュウリやネギ、パクチーなど実にシンプルなものだ。ありていに言えば、素朴な家庭料理なのである。
一方、韓国の炸醤麺(チャジャンミョン)の特徴は、黒ミソはカラメルを加えた春醤(チュンジャン)と呼ばれるものがベースで、黒光りして粘度が高く甘い。面白いのが、日韓併合時代の影響からか、たくあんと生タマネギが副菜として出されてくるところだ。
日本の町中華で一般に食べられる甘辛味のジャージャー麺は、味の傾向として、北京よりも韓国に近いと言えそうだが、チャジャンミョンが持つ濃厚なとろみや甘みとは異なる。
韓国と日本のジャージャー麺は、中国北方由来の料理がそれぞれ独自にローカライズされた、「兄弟」のような関係にあるといっていいだろう。



