2015年の完全民営化以来、関西国際空港・大阪国際空港・神戸空港の一体運営を担ってきた関西エアポート。World Airport Awards 2026「World's Best Low-Cost Terminal」部門での世界1位受賞が示す通り、顧客体験への投資を経営の核に据えてきた同社は運営開始からの10年間で関西国際空港の国際線旅客数を1.7倍に伸ばしてきた。現在はロイヤリティプログラムの大規模刷新を見据え、AIエージェントの本格導入に踏み出している。
AIが業務の主役になりつつある時代、人間は何に集中し、組織はどう変わるべきか──。樹林AIは、単に質問に回答するAIではなく、企業の業務プロセスに深く入り込み、顧客対応や社内業務を実際に動かすAIエージェントプラットフォームを提供するAI企業だ。「答えるAI」ではなく「動くAI」の実現を掲げる同社CEO オオイ・ライスと執行パートナー・廣野研一が、関西エアポート代表取締役社長・山谷佳之とマーケティング部・前薗 喬に話を聞いた。
セレンディピティが生んだ、「AI空港」への挑戦
廣野研一(以下、廣野):本座談会の背景には、不思議なご縁があります。私が前職の三菱地所で「グランフロント大阪」の開発に携わった際、当時オリックス不動産のトップとして共同事業を強力なリーダーシップで牽引されたのが山谷佳之社長でした。山谷さんはその後、関西エアポートの初代社長に就任され、2018年の関西国際空港台風被害の際にも迅速な再開を陣頭指揮されるなど、変わらぬリーダーシップを発揮されています。
一方、樹林AIのCEOであるオオイ・ライスとは、私が丸の内で立ち上げに携わったプライベートクラブ「OCA TOKYO」で出会いました。彼は20代から自動運転や国家スパコンに参画してきた稀有な才能で、「日本から世界に勝負できるAI企業を創る」という熱い意志に共感し参画しました。今回、関西エアポートに樹林AIのAIエージェントプラットフォームが導入されたことに、個人的ながらセレンディピティを感じています。
前薗 喬(以下、前薗):現在、当社のマーケティング部門では、「KIX-ITMカード」会員向け対応のAI高度化、将来の多言語化を見据えたトライアルを進めています。お客様満足度を維持しつつ人手やコストを最適化するため、電話やFAQ、など接点ごとにAIが一次対応を担い、判断が必要な場面では人のオペレーターへスムーズに引き継ぐ運用を行っています。
さらに現場のミッションとしては、このロイヤリティプログラム自体を、今年海外のお客様もターゲットに含めたものへと大きくリニューアルする計画を進めています。多言語での膨大なお問い合わせに対し、深刻な人材不足の中で人力だけで24時間カバーするのは不可能です。そこで新プログラムへの本格採用を見据えつつ、樹林AIを導入しました。
山谷佳之(以下、山谷):このプロジェクトを進める背景には、関西エアポートの存在意義に直結する強烈な原体験があります。18年の台風の際、タンカーが関空橋に衝突する事故が発生し、多くの海外のお客様が空港に取り残される事態となりました。この経験を経て、多言語対応は絶対に守るべき命綱であり、関西エアポートのコアバリューだと改めて理解しました。連絡橋の復旧工事が完了した今、そのコアなリューの実現に向け、AIの本格活用に動き出しています。
「待たせない空港」を実現するためのアジリティ
オオイ・ライス(以下、オオイ):本取材のために訪れた伊丹空港では、構内の複数の細部に、関西エアポートのカスタマーエクスペリエンス(CX)への細やかな配慮を実感しました。。CXを真に高めるには、単に利便性を追うだけでなく、利用者が今何を求めているかを先回りして自律的に応える仕組みが必要です。一方で、公共インフラである空港には、その前提として揺るぎない安全性と信頼性も求められますよね。
前薗:公共インフラである以上、情報セキュリティの壁は極めて高く設定していますね。技術的には樹林AIを当社のデータベースに直接接続し、完全自動化することも可能でした。しかし、不正利用による個人情報流出リスクや前例の少なさを考慮し、現在は電話やチャットによる一次対応に留めています。何よりお客様の安心感や信頼関係を優先するため、今は「ここまではAIが正確に答え、個別の機密情報や感情的な寄り添いが必要な領域からは人間のオペレーターへ即座に繋ぐ」という明確な境界線を定めて運用しています。
オオイ:そのエスカレーション設計は極めて現実的なアプローチです。私たちは国家の安全保障や防衛領域での実績から強固なセキュリティ技術を有していますが、段階を踏んでリスクを制御する判断は深く理解できます。
その上で驚かされたのは、関西エアポートさんの圧倒的な意思決定と実行の速さです。多くの大企業がAIガバナンスのルール策定だけで2〜3年停滞する中、本プロジェクトは現場とIT部門が並走しながら適切な統制の仕組みを構築し、半年から1年という短期間で現場実装へと至りました。国内でも指折りのスピード感だと思います。
前薗:それで言うと、樹林AIさんもこちらからの細かい修正や機能の要望に対して、数日たらずで修正して打ち返してくれます。そのレスポンスの早さのおかげで、プロジェクトも順調に進められました。
オオイ:樹林AIでは、エンジニアが現場で直接対話し、その場で課題の8割を即時解決する「FDE(Forward-Deployed Engineer)」という現場伴走型の開発体制を採用しています。ビジネスにおいて、「一度、社に持ち帰る」という"停滞"は悪いCXだと考えているからです。空港のAIでも同じで、FAQでお客様をたらい回しにして停滞させるのではなく、その場で即座に困りごとを解決できる良いCXを実現しなければなりません。
山谷:今の話を言い換えると、最近では、上司よりも先にAIに相談をする従業員も多いのではないでしょうか。マネージャーの業務の半分をAIに置き換えることもできるかもしれません。そうすることで業務のスピードが向上し人間は感情に寄り添うおもてなしに集中できるようになります。
そして、スピード感は私たちの空港哲学ともつながります。リノベーションを経て「お待たせしない空港」を実現。ほとんどのお客様が10分以内に保安検査を通過できるようになりました。
組織やプロジェクトが停滞しては話になりません。当社は100%民間で、オープンイノベーション型の経営体だからこそ迅速な決断が可能です。快適でスマートな空港の実現に向け、同じ志を持つパートナーとして共に進んでいきたいですね。
関西国際空港を"日本の空港のスタンダード"に
前薗:関西エアポートでは今後も、今回の仕組みをベースに「KIX-ITMカード」の新しいロイヤリティプログラムにおいて、「One to One」のパーソナライズコミュニケーションを実現したいと考えています。お客様の旅程に合わせたご案内など、CRMに基づいた付加価値の高いマーケティングを展開していく予定です。
オオイ:AIを使えば、旅客がアプリを開くだけで、それぞれの母国語や文化に合わせたサービスまで完璧にナビゲートする「自分専用のコンシェルジュ」が常に寄り添う世界も実現できます。空港を単なる移動の通過点にせず、日本の玄関口に降り立った瞬間からその地域を最大限に満喫し、感動していただけるようなユニークな体験を創出したいです。
山谷:さらに言うと、空港としての真価が問われるのは、災害や事故といった"非常時"に遭遇した瞬間です。もしものトラブルの際にも、多言語でのサポートで旅客の不安を解消し、的確な支援を提供していかなければなりません。
こうした平常時から非常時まで切れ目のない旅客対応を実現していくうえで、AIの活用が力を発揮します。AIの活用は私たちにとって非常に重要なチャレンジの一つで、樹林AIとのこれからのコラボレーションに大きな期待を寄せています。
関西国際空港を訪れるお客様に、世界で最も選ばれ、愛される空港を目指す。それが、私たちがともに実現したい大きな夢です。
廣野:実際に、関西エアポートは「World Airport Awards 2026」の「LCCターミナル」部門で1位、24年には「手荷物取り扱い部門」で1位といった国際的な評価を得ています。さらに快適性やCXを向上することで、“ジャパンバリュー”として世界トップクラスの素晴らしい空港となっていくことに期待しています。
ライス:私たちも「AIに関することなら樹林AIを選べば間違いない」と言っていただことを胸に留め、真の経営パートナーであり続けたいと願っています。これからも関西エアポートを訪れるお客様の体験を120%に引き上げるようなパートナーシップを続けていきたいです。
やまや・よしゆき◎オリックス不動産社長等を経て、2015年に関西エアポート 代表取締役就任。スピード感のある経営手腕で空港の大規模リニューアルを実現。2026年6月に代表取締役を退任し、同社相談役に就任。
まえぞの・たかし◎関西エアポート マーケティング部 カスタマーエンゲージメント グループリーダー。「KIX-ITMカード」をはじめとする旅客向けロイヤリティプログラムの統括責任者を務め、多言語対応とAIを活用した顧客体験の刷新を牽引。
おおい・らいす◎樹林AI 創業者・ 代表取締役社長(CEO)。東京大学、ジョージア工科大学、北海道大学等でAI・ソフトウェア工学と経営工学を専攻。シリコンバレーユニコーン「Applied Intuition」の初期メンバーとして国内外の広範な自律システム実装を統括。
ひろの・けんいち◎樹林AI 執行パートナー。元三菱地所にて丸の内やグランフロント大阪のエリアマネジメント組織を率い、丸の内の会員制プライベートクラブ「OCA TOKYO」の設立を主導。産業と最先端テクノロジーを結ぶブリッジを担う。
※ 役職は取材当時のものです



