アート

2026.07.31 15:15

空白の部屋が問う「分断」──ヴェネツィア・ビエンナーレ2026から考える

分断される世界で、違いを抱えたまま、ひとつの調べに閉じこめず、しかし誰を部屋の外に置くのかという判断さえ、権力だけに委ねずにいられるか。これは芸術の問いに見えて、実はこれからの組織、制度、テクノロジーすべてが引き受けなければならない命題である。

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思えば、この展覧会そのものが、相反する二つの身ぶりを同じ壁の内に抱えていた。亡くなったクオの構想を、本人に確かめられぬまま、それでも独り占めにせず引き受けた者たちの態度があった。その同じ会場で、アブ・ヌダの嘆きが、ある力によって閉ざされた事実もあった。声を預かることと、声を消すこと。その二つを分かつのは、答え返せないものの前で、私たちが自らの力を疑えるかどうかである。

共にあることは、ただ分かり合うということではない。分かり合えなさを、未来を諦める理由にしないことだ。空白の部屋は、何も語らなかったのではない。そこには、誰が声を預かり、誰が声を消すのかという問いが、もっともはっきりと残されていた。

この連載「辺境未来論」では、異なるまま、なお同じ世界を壊さずに生きるための条件を考えていきたい。

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文・写真=宮田裕章

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宮田裕章の「辺境」未来論 ──Resonant Regions

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