ドラゴンは筆者にこう語った。
「これはクローン性のがんです。細菌やウイルスによって引き起こされているのではありません。がん細胞そのものが感染因子となり、魚から魚へ移動しているのです」
90の湖のうち、確認されたのは1つ
研究チームは2017年、バーモント州側の4地点とケベック州側の3地点で、メンフレメーゴグ湖を再調査した。発症率はどの地点でもほぼ同じだった。つまりこの病気は、出現から5年以内に、全長30マイル超(約48キロ)に及ぶ米国とカナダにまたがる湖全体へ広がっていたことになる。
ゲノム解析によると、がんは別の地域から持ち込まれた可能性がある。メンフレメーゴグ湖で採取した腫瘍は、それが現に蝕んでいる湖内の魚よりも、ニューハンプシャー州やメイン州の健康なブラウンブルヘッドと遺伝的に近かったのだ。
しかも、このがんはバーモント州だけに存在するわけではない。
「ニューブランズウィック、ノバスコシア、メイン、ニューハンプシャー、マサチューセッツ、ペンシルベニアなど、広い範囲に分布しているようです」とエマーソンは述べた。「ウィスコンシンやニューヨークでも見つかっています。あちこちに存在するのです」
ドラゴンも、ほかの水域で採取したブラウンブルヘッドの遺伝子型を調べ、同じ病気を確認している。
ただし、エマーソンが言う「あちこち」とは、地理的に広く分布しているという意味であって、各地域で多数見つかるという意味ではない。エマーソンの担当地区には90の湖があり、そのほぼすべてにブラウンブルヘッドが生息している。しかし、がんが確認されている湖は一つだけである。
希少性にも複数の形がある。デボラ・ラビノウィッツは1981年、希少種を「地理的な分布範囲」「生息環境の限定性」「地域内での個体数」という三つの軸で分類した。この枠組みから8通りの組み合わせが生まれるが、そのうち、分布が広く、環境を選ばず、どこでも数が多いという組み合わせ一つだけが「ありふれた種」とよばれる。
今回のがんは、残る7つの組み合わせの1つに当てはまる。分布範囲は大陸の半分に及ぶ一方、その範囲内でも発生する水域は限られている。それでいて、少なくともメンフレメーゴグ湖では多数の魚に発症している。
生態学者は、この「広い範囲ではまばらだが、到達した場所では一気に広がる」という組み合わせをよく知っている。それは、その生物が何を必要とするかよりも、どのように移動するかが分布を左右していることを示す。


