大学の教壇に立つことと、物流会社を経営することに時間を二分していると知ると、たいていの人は同じ反応を示す。「その2つほど、かけ離れた世界はないだろう」と。
一見、その理由は理解できる。一方の世界は、研究や学習、批判的思考を軸に回っている。もう一方の世界は、出荷、納期、通関、そして顧客の期待を軸に回っている。
しかし、両方の環境に長年身を置いてきた結果、成功に必要なスキルは驚くほど似通っていることに気づいた。実のところ、私のアカデミックなキャリアは、いかなる経営学の教科書よりも、ビジネスにおける私のリーダーシップの在り方を形作ってきた。
ビジネスリーダーにとって、この交差点は重要な教訓を示している。最良のリーダーシップ実践の一部は、最も意外な場所から生まれるということだ。
好奇心は競争優位である
学術の世界では、問いを立てることが奨励される。研究者は前提を受け入れるのではなく、それに挑むよう訓練される。ビジネスリーダーも、同じマインドセットから恩恵を受けることができる。
業務上の問題が発生したとき、人は直感的に迅速な解決策を求めがちだ。しかし、いったん立ち止まり、適切な問いを投げかける時間を確保することが、最初に得られた説明に基づいて行動するよりも良い結果につながることを、私は学んできた。なぜプロセスが破綻したのか。何が変わったのか。問題は業務プロセスにあるのか、組織文化にあるのか、あるいはコミュニケーションに起因するものなのか。
好奇心は意思決定を遅らせるものではなく、その質を向上させるものなのだ。
データは判断材料であり、萎縮の原因ではない
学術研究はエビデンスに依存しており、物流は日々膨大な量のデータを生み出している。配送時間、顧客からのフィードバック、業務上の遅延、生産性レポート——リーダーが数字の向こう側を見ようとすれば、これらすべてが物語を語り始める。
あまりにも多くの組織が、データを収集するだけで行動に落とし込めていない。研究の経験から私が学んだのは、情報は行動を説明し、将来の意思決定を改善するのに役立って初めて価値を持つ、ということだ。同じ原則は、研究成果を分析する場面でも、サプライチェーンのパフォーマンスを分析する場面でも当てはまる。
学びは採用で終わってはならない
多くの組織は、優秀な人材の採用に多額の投資をする一方で、その育成にはそれほど投資をしていない。教育に携わったことで、人は学び、振り返り、改善する機会を与えられたときに成長するという私の信念はさらに強まった。職場は教育の終着点ではなく、その継続の場として捉えるべきである。
物流業界では、自動化やAIによってテクノロジーが急速に変化している。学びの文化を築く企業は、経験だけに頼る企業よりも変化に適応しやすいことが多い。
継続的な学習は、もはや従業員への福利厚生ではない。それはビジネス戦略そのものなのだ。
戦略の成否を決めるのはコミュニケーションだ
教育からビジネスへと持ち込んだ教訓の1つは、理解は前提としてはならない、ということだ。新しい方針、システム、プロセスは、リーダーには明確に見えても、実際にそれを実行に移す人々にはまったく異なる解釈をされることがある。
最良のリーダーは、単に指示を伝えるだけではない。理解を生み出すのだ。業務上の変化を導入する場合であれ、組織変革を進める場合であれ、決定の背後にある目的を説明することは、決定そのものと同じくらい重要であることが多い。人は理解できるものを支持するのだから。
イノベーションは分野の交差点で生まれる
長年、私はアカデミックなキャリアとビジネスキャリアを別々のアイデンティティとして見ていた。今では、両者は補完し合うものだと考えている。学術は私の分析的思考を鍛え、物流は、タイミング、効率、実行が日々問われる現実世界のプレッシャーの下でアイデアを応用するよう私に迫ってきた。
この組み合わせから、組織はもっと分野横断的な思考を奨励すべきだと確信するようになった。最も価値あるアイデアの一部は、リーダーが自らの業界の外から視点を借りてくるときに生まれるのだ。
リーダーシップの未来はスペシャリストだけのものではなくなる。それは、異なる分野の知識をつなぎ、理論を実践に翻訳し、急速に変化する環境で生涯学び続けられる人たちのものとなる。
学術界と物流業界を行き来してきた私の歩みから得られた教訓は、リーダーシップの本質とは身を置く業界ではなく、そこに携わる際のマインドセットにあるということだ。時として、より良い経営判断を下すための最短ルートは、会議室からはるか遠く離れた場所から始まるのである。



