第三に、最も驚くべきことに、将来のトップエリートたちが最初から一つの狭い専門分野に特化することはほとんどなかった。彼らは、特定の分野に目標を絞り込む前に、さまざまな学問・スポーツ・芸術領域を渡り歩いていた。
これこそが、本稿で紹介する「スローバーン(遅咲き)の法則」だ。卓越した能力というものは、早い段階で開花して直線的かつ目に見える形で成長していくものではない。むしろ、焦る親やコーチ、成果主義の社会から見れば「方向性の定まらない時期」としか思えないような期間を経て、ゆっくりと、回り道をしながら、そして往々にして目に見えない形で育まれていくものなのだ。
なぜ、脇道にそれる「スローバーン」が、一点集中を凌駕するのか
この事実は、個人の達成に関する心理学で最も影響力のある概念の一つに一石を投じる。それは、一流と超一流を分けるのは天性の才能ではなく、「意図的な練習(デリバリート・プラクティス)」であるという説だ。ギュリッヒらのレビューは、意図的な練習そのものを否定しているわけではない。持続的で努力を要する訓練の価値は疑いようがない。彼らが疑問を呈しているのは、その理論に基づいて才能育成プログラムが構築してきた「タイミング」と「狭さ」である。つまり、専門的な特訓はできるだけ早く開始し、一つの目標だけに絞り込むべきだという前提だ。
研究チームは、早い段階での一点集中よりも、幅広い経験を積む方が優れている理由として以下の3つの説明を提示しており、それぞれが心理学で確立された概念に対応している。
1.自分に最も適した分野に最初から巡り合えることは稀であり、幅広く試す(サンプリングする)ことで、最終的に最適な分野に出会える確率が高まる。 発達心理学者たちは、選択肢を探索することなく早い段階で単一のアイデンティティや進路に固執してしまう「アイデンティティの早期完了(フォアクロージャー)」という現象を長年研究してきた。そして一般的に、早期に固執した決意は、真の探索を経てたどり着いた決意よりも脆いことが分かっている。
2.多様な分野を横断して学ぶことは単一のスキルではなく、むしろ「認知の柔軟性」に近く、一種の「汎用的な学習能力」を構築する。この能力は、後に特定の専門分野に絞り込んだ際にも、長期にわたって恩恵をもたらし続ける。これは、一つの狭いスキルを練習することと、その根底にある「学習という行為そのもの」を練習することの違いである。
3.あまりに早い時期から強度の高い一点集中を強いると、燃え尽き症候群や怪我、あるいは持続的な努力の原動力となる「内発的動機づけ(自己決定理論で定義されるもの)」の緩やかな喪失を招くリスクが高まる。関心を2〜3の分野に分散させておくことで、指導者からの批判や怪我、一時期の成績不振といった挫折によって、才能が成熟する前にすべての道が閉ざされてしまうリスクを減らすことができる。


