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2026.07.25 15:47

洗練だけで戦略なし──AIクリエイティブに潜む本当のリスク

stock.adobe.com

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私が初めて目にしたAI生成のロゴは、ひどいものだった。「少し荒削り」というレベルではない。本当に目も当てられない出来だった。タイポグラフィは歪んでおり、まるでSF映画に出てくるエイリアンの文字のようだった。構図も奇妙で、テクノロジーが人間の視覚を理解していないかのようだった。結局のところ、それらは漫画のようなゴミくずにすぎなかった。

だが、最近の生成物は驚くほど印象的なものになっていることは認めざるを得ない。特にここ数カ月、AIが生成するビジュアル、レイアウト、画像、ショート動画のクリップは、1、2年前には想像もできなかったほどのクオリティに達している。なかには、衝撃的なほどプロフェッショナルなレベルに近いものもある。テクノロジーは急速に進化している。

しかし、クリエイティブ業界で数十年間過ごしてきた私は、優れたクリエイティブの本質について、人々が劇的な誤解をしていると考えている。なぜなら、「成果物を生成すること」と「理解に基づいて創造すること」との間には、途方もない隔たりがあるからだ。

AI生成の作品は「遠目には」説得力がある

AIは、それらしい作品を生成するのが極めて得意になりつつある。一見したところ、その成果物の一部は本当に素晴らしい。すっきりとしたレイアウト、力強いビジュアル、さらにはタイポグラフィの階層構造(ヒエラルキー)まで備わっている。これは注目に値することだ。これらは、私のエージェンシーが何十年もの仕事を重ねて構築し、洗練させてきた専門技術であり、一瞬で受け継いだりダウンロードしたりしたものではない。

場合によっては、ほぼ完成しているように見えることもある。しかし、近づいてよく見れば見るほど、綻びが明らかになっていく。そして、すべてが奇妙に見覚えのあるものに感じられ始める。パターンから機械的に組み立てられたクリエイティブのようだ。もちろん、それこそがAIがこれまでずっと行ってきたことそのものなのだが。

それは洗練されているだろうか。実に見事なものだ。信じられないほどに。

だが、完成しているだろうか。決してそうではない。

彫刻の教授が教えてくれたこと

何年も前の大学時代、彫刻の教授がクラスの全員に、人の頭部を彫刻するよう課題を出した。指示も条件も何も与えられず、ただ「頭をつくりなさい」とだけ言われた。

授業の終わりに、教授は私たちの作品を講評した。教室を回りながら、教授はよくある卵型の頭部に顔のパーツを描いただけの作品を指摘していった。私のところに来ると、教授は、私が少なくとも表面の下にある基本構造や骨格のつながりを意識し始めていることを評価してくれた。眉骨や顎は表現されていた。しかし、額は傾斜しすぎ、頭蓋骨は短すぎた。形態同士のバランスが正しくなかったのだ。私は、プロポーション(比率)を十分に解決する前に、表面的なリアリズムと仕上げ(ポリッシュ)に早くから集中しすぎていたのである。

AI生成のクリエイティブを見るとき、私はこの講評を思い出す。成果物は遠目には完成しているように見えるかもしれない。しかし近くで見ると、真に優れたクリエイティブを時間が経っても成り立たせる、より深い理解が欠けているのだ。

そして、その最後の仕上げプロセス、つまり「残りの20%」こそが、今でも最も困難な思考を必要とする部分なのだ。

私たちは以前にもこれを目にしている

約15年前、WordPress(ワードプレス)のテンプレートが爆発的な人気を博した。50ドル(約1万未満円)を払えば、企業はデザイン済みのテンプレートを購入し、自社のコンテンツを流し込むだけで、突然オリジナルのウェブサイトを手に入れたような気分になることができた。

しかし問題は、ユニークなビジネスが、ありふれた構造にすんなりと収まることはめったにないということだった。私のエージェンシーの哲学はシンプルになった。私たちは、クライアントのコンテンツをあらかじめ用意された箱に押し込むことはしない。コンテンツに合わせて箱をデザインするのだ。

興味深いことに、多くのテンプレートは、現在のAIが引き起こしているのとまったく同じ問題を抱えていた。それらは企業を約80%の段階まで連れていくことはできた。しかし、最後の20%をカスタマイズすることは、ゼロから始めるよりも困難になることが多かったのである。

AIが生成するクリエイティブも、これに似ている。

クライアントは「成果物」を「思考」と誤解している

これこそが、現在AIを取り巻く最大の誤解かもしれない。AIは、クリエイティブな仕事が主に「アセット(素材や成果物)の生成」であるかのような錯覚を生み出している。

しかし、アセットの作成は、決して難しい部分ではなかった。

本当に難しいのは、以下のような「理解」である。

• ビジネスが実際に何を達成しようとしているのか

• 顧客がどう考えているのか

• 競合他社の弱点はどこにあるのか

• どのような感情的反応が重要なのか

• 何を強調すべきか

• 何を抑えるべきか

• 単に目に留まるだけでなく、ブランドを記憶に残るものにするものは何か

そのような裁量や判断力を自動化することは、依然として極めて困難である。AIは成果物を無限に生成できる。しかし、成果物を生成することと、その結果を理解することは同じではない。

優れたエージェンシーは、ポジショニングが正しいか、メッセージが共感を呼ぶか、作品がビジネス目標と一致しているか、そしてクリエイティブが実際に人々の心を動かすか、といったことを重視する。

AIは、そうしたことにいかなる感情的な関与もしない。作品がありきたりに感じられようが気にしないし、戦略が間違っていようが、あなたのブランドが市場の他の誰もと同じようなビジュアル言語へと徐々に埋没していこうが、お構いなしだ。

その責任を負うのは、今でも人間なのである。

「同一性の海」がやってくる

皮肉なことに、AIは真に差別化されたクリエイティブワークの価値を高めることになるかもしれない。なぜなら、誰もが瞬時にコンテンツを生成できるようになれば、本当に希少なものは、独自の視点、センス、抑制、そして信念を伴った「独創性」になるからだ。

AIは、統計的にそれらしいクリエイティブを生成するのが極めて得意だ。しかし、率直に言ってほしい。ソーシャルメディアのフィードをスクロールしているとき、少し不自然に感じられたり、見覚えがありすぎたりする広告や「クリエイティブ」を目にすることはないだろうか。

多くの意味で、AIはブランディングの重要性を排除しているのではない。むしろ高めているのだ。

価値は上流へと移行している

歴史的に、多くのエージェンシーは制作能力を売ってきた。しかし、プレミア(付加価値)は、それとはまったく異なるものへと急速にシフトしている。それは「判断力」だ。

もはや「クリエイティブを制作できるか」という単純な問いではない。「正しい意思決定を支援できるか」が問われているのだ。

AI時代に繁栄するエージェンシーは、おそらく過去のエージェンシーとは異なる姿になるだろう。チームはより小規模になり、実行スピードは速くなる。より多くを自動化し、手作業による制作への依存を減らすだろう。しかし、彼らはより戦略的になるはずだ。

まだエージェンシーを解雇してはいけない

私はAIに反対しているわけではない。それどころか、まったくの逆だ。私のエージェンシーでは毎日AIを使用しているし、私個人も使用している。AIは調査を加速し、ワークフローを合理化し、コンセプトの探索を早め、ビジネスの一部における効率を高めるのに役立っている。

いくつかのツールは、本当に素晴らしいものだ。そして、AIが特定の反復タスクを代替し続けることは間違いない。しかし、テクノロジーは常に進化してきた。デザインソフトは製図台に取って代わった。デジタル写真はフィルムを揺るがした。ストリーミングはブロックバスターを終わらせた。スマートフォンはすべてを変えた。

最も強い者が常に適応する。AIについても何も変わらない。

だが、AIによってクリエイティブエージェンシーが不要になると信じている人々は、優れたエージェンシーが実際に何を行っているかを、いまだに誤解しているかもしれない。優れたエージェンシーの価値は、戦略と人間への理解、つまり「最後の20%」から生まれるのだ。

だから、大いにAIを試し、学び、賢く活用してほしい。あなたのビジネスもそうすべきだ。だが、まだエージェンシーを解雇してはいけない。

forbes.com 原文

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