つい最近まで、SaaSはベンチャーキャピタル投資にとって信頼できるセクターだった。企業の課題を解決するソリューションの開発には多額の費用と困難が伴った。だが、スタートアップがその課題を克服すれば、成功はほぼ約束されていた。しかし時が経つにつれ、こうした開発はより容易かつ安価になっていった。そして新たな局面が始まった。ディープテック以外のベンチャー投資は、収益性が低下し、リスクさえ高まっているのだ。
投資家に代替案はあるのか。おそらく、それは誰もが注目している場所にはない。
「SaaSポカリプス」後の世界
AIエージェントはSaaS市場を揺るがしている。顧客は現在、Claude CodeやOpenAI Codexなどのプラットフォームを介して、コストを削減し、あらゆるプロダクトを複製するという選択肢を手にしている。セキュリティやコンプライアンスに関する課題は依然として残っているものの、SaaSの状況はかつてほど投資家にとって信頼性が高く、予測可能なものではなくなっている。そしてそれは、SaaSの評価額から2850億ドル(約46兆7000億円)を消失させた2月の売り浴びせによって証明された。まさに「SaaSポカリプス(SaaSの終末)」である。
MA7 Ventureの創設者であり、中央アジアで著名なビジネスエンジェルであるムラト・アブドラフマノフ(Murat Abdrakhmanov)は、新規および既存のSaaS企業双方の評価額が下落していると指摘している。現在、これらの企業はエージェント型システムへと進化せざるを得なくなっている。アブドラフマノフは、自身のイグジット計画について語る際にも、市場が常に変化しているため、何事も予測することは困難であると述べている。
SEGによる「2026 Buyers’ Perspectives Report(2026年バイヤーズ・パースペクティブ・レポート)」は、「AIによるディスラプション(破壊的イノベーション)への懸念や、必要な投資を巡る不確実性を背景に、一部のSaaS企業のCEOはイグジットの模索を急いでいる」と示している。
確固たる基盤への回帰
SaaS市場が変革を遂げる一方で、実体経済はしばしば、より安全な選択肢を提供する。極めてシンプルな話だ。AIツールはどんなコードでも複製できるが、小麦畑や物流拠点を一夜にして出現させることはできない。
物理的資産には、長年にわたる運営経験、規制当局との関係、および地域固有の専門知識が必要となる。製品は現存する需要を満たすため、需要は予測可能であることが多く、予測の精度も通常は高くなる。
しかし、ここで違いが生じる。ベンチャーキャピタルがスタートアップやアーリーステージの企業を対象とするのに対し、実体経済はプライベートエクイティ(PE)投資家の領域であるということだ。
分断ではなく融合
PE投資家は、ベンチャー投資家とは異なる参入ポイントを持つ。彼らが参入するのは、事業がすでに軌道に乗り、キャッシュフローが発生している段階である。そして、主な関心事はその資産をより効果的に管理できるかどうかだ。
しかし、伝統的なパターンには一定の限界もある。投資家は通常、業務プロセスに関与し、5年から7年の投資期間に向き合う必要がある。その引き換えに得られるのは、より強固な基盤だ。当初からのキャッシュフロー、すべての取引の裏付けとなる有形資産、そしてSaaSの評価額から数十億ドルを吹き飛ばしたばかりのハイプサイクル(熱狂の波)への曝露が極めて少ないことである。
ベンチャー投資家にとって、実体経済セクターへの投資は時代逆行ではない。それどころか、両者の交差点にこそ好機が広がっている。今後の数十年間で、テクノロジーを活用した実体ビジネスが繁栄する可能性がある。その場合、テクノロジーのツールはそれ自体が汎用品(コモディティ)となるのではなく、物理的資産に組み込まれることになるだろう。
新たな機会をいち早く察知する者は、構造的な優位性を獲得することが多い。彼らはグローバルな巨大企業と競合する必要はなく、投資家のビジョンや経験を欠いた地域特有のプレーヤーを相手にすることになる。
投資家は新興市場に目を光らせておくとよいだろう。カザフスタンは、投資機会を探る上で注目すべき好例だ。Kazakh Investによると、同国のグリーンフィールド・プロジェクト(新規事業進出)は2025年に190億ドル(約3兆1100億円)を受け入れ、前年比で266%増加した。同時に、カザフスタンはAIハブとしても台頭しつつある。
この地域におけるベンチャー市場は、比較するとまだ小規模だ。筆者の組織とパートナーであるRISE Research、KPMG、MA7 Ventures、BGlobal Ventures、およびDealroom.coによる調査によると、2024年の中央アジア全体のベンチャーキャピタル市場の投資額は9500万ドル(約156億円)であった。カザフスタンのグリーンフィールド・プロジェクトに投じられた190億ドル(約3兆1100億円)と比較すると、より多額で安定した資金がどこに向かっているかが浮き彫りになる。
このギャップを早期に見極めた投資家こそが、これらの市場が成熟した際に有利な立場を確立できるだろう。
物質世界への視点
実体経済セクターの資産は、市場が乱高下するなかでもカボチャに変わる(価値を失う)ような傾向はみられない。ベンチャーキャピタルにとってAIが依然として有望な領域であることは確かだが、目に見えるトレンドの先を見据え、市場がまだ過密状態になっていない場所に機会を求めることには価値がある。
競合他社がピッチデック(提案資料)に注力する一方で、確固たるプロダクトが存在する物理的世界は回り続けており、この事実を理解する投資家を待ち望んでいる。
本記事で提供される情報は、投資、税務、または財務に関する助言ではない。個別の状況に関する助言については、資格を有する専門家に相談されたい。



