Adobe(アドビ)の株主にとって、この1年はまさに波乱の連続だった。株価は38%下落し、現在は52週高値を約39%下回る水準で取引されている。これほどの下げ方をすれば、同社の成長ストーリーそのものに疑念が持たれるのも無理はない。
だが、市場がストーリーを読み違えているとしたらどうだろう。短期的な不安の種となっている要因、すなわち経営陣自身が「下半期のARR(年間経常収益)成長見通しを引き下げる」と認める意図的な方針転換こそが、実は株価の次の長期上昇への布石だとしたら? アドビはいま、計算ずくの大きな賭けに出ている。目先の確実な収益をあえて手放し、新規ユーザーの大量獲得を優先するという賭けだ。そして初期の兆候を見る限り、この戦略は成果を上げつつある。
ユーザー獲得の規模はどれほどか
ユーザー獲得の伸びを示す数値は、驚異的と言っていい。過去1年間で、アドビの「クリエイティブ・フリーミアム」——Adobe FireflyやExpressといった製品の無料版を使う層——の月間アクティブユーザー数(MAU)は5000万人から9000万人に急増した。しかもこれは既存ユーザー基盤の伸びに上乗せされたもので、AcrobatとExpressのMAUも7億人超から8億5000万人超へと増えている。小幅な増加などではなく、まさに奔流と呼ぶべき勢いだ。経営陣は自社サイトへのトラフィックを「噴き出すような勢い」と表現し、その流入をすぐに課金画面(ペイウォール)へ誘導するのではなく、ストレスなく利用できる無料体験へと誘導している。
戦略は明快だ。まず数億人規模の新しいクリエイターやビジネスパーソンにツールを使ってもらい、習慣として定着させ、そのうえで時間をかけて収益化していく。これは実績のある定石で、Adobe Readerを誰もが使うプラットフォームに育て上げ、数十年にわたる成功をもたらしたのと同じ手法だ。
兆候は明らか──初期の収益化はすでに始まっている
ユーザー基盤の拡大自体は望ましいが、それだけでは収益は生まれない。核心的な問いは、無料ユーザーが最終的に有料顧客へ転換するかどうかだ。この点について同社は実際の収益数値を示している。アドビの「AIファースト」のARRは「前年比3倍」に増え、5億ドル(約820億円)を超えた。この成長を牽引しているのは、まさにフリーミアム施策を支えるAIツール群だ。仕組みはすでに回り始めている。たとえばFireflyのARRは、直近の四半期で前期比約50%増となった。
つまり、無料ユーザーから有料顧客への導線は機能しているということだ。ユーザーは無料ツールに引き寄せられ、AI機能に没頭し、その相当部分が対価を払い始める。同社の直近の決算は議論を呼んだが、同社株の本質的な価値が損なわれたのか、それとも過剰に売り込まれただけなのかについては別途検証している。



