習慣2:失敗する姿を相手に見せる
2つ目の習慣は、常に自分をよく見せようとする本能に反するものだ。魅力的なパートナーは時折ちょっとした失態を曝け出す。飲み物をこぼす、冗談のオチを忘れる、道を読み違えるといったことなどだ。こうしたことに魅惑的な要素はない。しかし心理学はある条件の下ではそうした失態がむしろ強みになることを示唆している。
これは「プラットフォール効果」と呼ばれ、エリオット・アロンソンが1966年に専門誌『Psychonomic Science』の研究で初めて報告したものだ。アロンソンの研究では、非常に有能な人が失敗する様子を聞いた場合、その人物に対して以前より好感が持てると評価した。一方、まったく同じ失敗をするのが平均的あるいは平凡な人の場合、その人に対する好感度は下がることが明らかになった。
欠点を致命的なものではなく、むしろ愛すべきものに変えたのはその人があらかじめ持っていた有能さだった。その後数十年にわたる研究によってこの効果の限界、つまりどの程度の失態までなら「助け」となるのか、またそれが観察している人の自尊心とどのように相互作用するのかが明らかにされてきた。そして、その核心となる発見はあらゆる検証を経ても揺るがない。それは、些細で意図しない欠点は有能な人を人間らしく見せるが、大きな失敗は単に無能の表れと受け取られてしまうということだ。
ただし、ここで言及しておくべき注意点がある。意図的に作り上げた「愛嬌のある欠点」、つまり入念に仕込んだ自虐的な冗談や、デートのたびに繰り返される同じ可愛らしい告白は、演出だと分かった時点で効果はほぼ失われる傾向がある。研究で効果が確認されたのは、計画的に演出されたものではなく不意に現れる失態であり、その違いこそが実際に効果を生み出す。
すでに築かれた関係においても、この効果を保つには能力も継続的に示される必要があるだろう。つまり、「概して有能」だと相手に認識されていなければ、時折起こる本当の失敗が懸念材料ではなく「人間味のあるもの」として受け止められることはない。
2つの習慣の共通点
2つの習慣が機能する理由は同じだ。演出するには代償が大きすぎるのだ。洗練された表向きの態度は誰にでも作り出すことができるが、本心からのお願いや予期せぬ失態を演出だと思われずに演じきることはできない。だからこそ、それらはパートナーの本当の人となりを示す信頼できる証拠になる。どちらの習慣においても意図的に演じようとすればその効果が失われるのもこのためだ。


