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2026.08.01 11:30

JR東日本初の民営化組社長が挑む6100億円事業とSuica変革

喜㔟陽一|東日本旅客鉄道 代表取締役社長

100年先の未来をつくる──そのコンセプトは、喜㔟自身の志でもある。学生時代に憧れた職業は、歴史学者。懐古趣味からではない。チャーチルの言葉「過去を長く振り返るほど、未来をより遠くまで見通せる」に感銘を受けたからだ。

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バブルで引く手あまただった就活では、民営化直後のJR東日本を選んだ。この選択も未来をつくることに興味があったからにほかならない。

「JRは国鉄のアンチテーゼとして設立された会社。すでに出来上がった会社の歯車になるより、これから何かつくっていくところに身を置きたかった」

入社後は人事領域がキャリアの3分の1を占める。印象に残っているのは、人事担当次長時代に推進した人事賃金制度改革。国鉄時代の硬直的な制度を抜本的に見直して、12年から社員の意欲に応え、役割や成果を賃金に反映させる仕組みに。労組との団体交渉や各支社の現場長への説明も自ら行った。

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ただ、理想のすべてを実現できたわけではない。やり残した課題は、社長就任後に着手。26年4月から新制度をスタートさせた。

「社員の成長や努力をきめ細かく6段階に分けて反映する昇給制度にしました。また、職種によって異なっていた手当を一律の業務手当に。鉄道はみんなの力を合算してひとつのクオリティになるというのが私の思想。どの職種が重要で、どの職種が重要でないという考えをやめたかった」

採用も大胆に変えた。今年4月からは従来のエリア職を改め、より多様な役割を担う地域総合職を新設。さらに、グループ全体のマネジメントに携わる総合職では、高卒者にも新たに門戸を広げた。実際に今春から高卒総合職社員が誕生している。国鉄時代には考えられなかった、実力本位の制度変更だ。

喜㔟は民営化後の入社組として初めて社長に就任。国鉄のアンチテーゼとして新しいものをつくりたいという入社時の夢は、37年たった今、成就のときを迎えた。ただ、視線の先にあるのは、やはり未来である。

「ゴールは設けないことが私の経営哲学です。ここまで来たら、もうちょっと先に行こうよと。実験に終わりはありません。これからも続けていきます」


きせ・よういち◎1964年生まれ、千葉県出身。東京大学法学部卒業後、89年東日本旅客鉄道入社。上野駅配属。大宮支社総務部人事課長、執行役員人事部長、常務取締役総合企画本部長、代表取締役副社長・マーケティング本部長を経て2024年4月より現職。

文=村上 敬 写真=榊 水麗

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