展覧会、芸術祭、フェア、オークションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口に、ビジネスにも効くアートな話をお届けしていく。立ち上げから5年、ヴェネチアで好評の集英社マンガアートヘリテージの現在地を聞いた。
ビエンナーレの熱気に沸くヴェネチアに長蛇の列ができていた。5月から11月の同期間に開催されている展覧会「PERSONAL STRUCTURES」 の会場、ベンボ宮に続く行列だ。そこでは、集英社マンガアートヘリテージ(SMAH)が、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』のアートプリントの展示を行っている。
「ちょうど会場の窓から、第二部で描かれたリアルト橋が見えるんです」と、SMAHを率いる岡本正史は現場を回想する。自然光が差し込むその空間では、荒木が描き下ろしたリトグラフ作品のほか、両眼で見るとイメージが立体的に浮かび上がるレンチキュラー作品、カラープリント作品、活版印刷作品が展示されている。
SMAHは、2021年に集英社初の越境ECとして立ち上がり、コロナ禍以降、海外のアートフェアを中心に展開してきた。23年9月、最初にNYに出展した際には市の公立図書館が収蔵を即決。今回のヴェネチアも、24年にマイアミのフェア会場を訪れたキュレーターから声がかかって実現したものだ。
岡本は「当初『漫画はアートなのか』と懐疑的な声もありました。我々自身も、狭義のファインアートの世界に参入したいというより、アートの世界を拡張したい、という意思のほうが強かったのですが、それが理解されてきたように思います」と言う。
大量に印刷して安価に流通させる漫画と違い、SMAHは、漫画の原画を“写真のネガ”のようにとらえ、「可能な限り良い紙に、可能な限り良いプリント」を施したリミテッド・エディションを制作、販売する。その真贋証明にブロックチェーンを用いているのもユニークだが、プリントへのこだわりも並々ならない。
例えば、田名網敬一と赤塚不二夫のコラボ作品では、21年末で日本の出版では使われなくなった「グラビア印刷」を採用した。久保帯人『BLEACH/月牙領身図』では、100年以上色褪せないことが証明されている「コロタイプ印刷」を用い、手漉きの美濃紙にプリント。深大寺で護摩供養までして完成させた。作品ごとに最良の表現を追求することが、消えゆく印刷機械や技術を掘り起こしたり、職人を育成することにもつながっている。
「なんでもスマホの画面で見てしまう時代に、光や空間、質感によって見え方が異なるのも感じてほしくて」と岡本。実際展示には、原画を前に涙する人もいれば、連日訪れる人もいるなど、熱量が高い。漫画の企画は、普段美術館に来ない若い層を呼び込めると主催者からの評判もいい。
「漫画によって、存続が難しい伝統産業が成立したり、新しい価値を生み出せたり。漫画や印刷の起源を掘り下げながら、世界各地の技巧を組み合わせていけると面白いと思っています」と岡本。その広がりは、地域にとどまらない。実は、SMAHのサイトURLはmangaart.jpとなっていて、「必ずしも集英社が刊行した作品でなくても良いと思っている」という。いずれ出版社の垣根も越えて、マンガアートは文化をつなぐハブになっていくのだろう。



