企業経営や投資の世界で卓越した成果を残してきたリーダーたちは、何を拠り所に意思決定を重ねてきたのか。本連載では、日本を代表するビジネスリーダーや投資家が人生の指針としてきた「バイブル(座右の書)」に迫る。
第一回は、SBIホールディングス代表取締役 会長 兼 社長の北尾吉孝氏。「絶対に読むべき」という『修身教授録──現代に甦る人間学の要諦』(森信三・著/致知出版社)は、一大金融グループを築き上げた事業家にどのような影響を与えたのか。それは、私利私欲のためでなく、金融と技術で社会を変革するという「大欲」に生きる、北尾氏の人生哲学の礎を築いた一冊だった。
導かれるような出会い
広い会議室の机に置かれた一冊の書籍には、無数の付箋がせめぎ合うように貼られていた。「何回なのか、もう数え切れないくらい読んでいる」。北尾氏はそう語りながら、座右の書とする『修身教授録』のページをめくった。
「この本の偉大さは、奥深い真理が実に平易に、丁寧に語られていて、読みやすく、自然と心に染みてくること。これほど良い本は珍しい」(北尾氏)
教育者であり哲学者でもあった森信三が、1937年春から2年間にわたり天王寺師範学校で行った講義をもとに編まれた、人間の生き方を問う一冊。同書のなかで、「偉大な実践家とは、すぐれた読書家である」と説かれている(第1部・第9講「読書」)。さまざまな決断を下していく実践家は、読書を通じて見識を養い、知を行動に移す。それこそが生きた読書であるという。
SBIホールディングスはオンライン証券を起点に、銀行、保険、投資、暗号資産事業などを展開。2026年5月1日に国内初となる1600万証券口座を突破し、2026年3月期の連結売上高は前年比31.4%増の1兆8966億円、時価総額は約2兆円規模となっている。
約30年をかけ、事業を築いてきた北尾氏が実践家であることは、論を俟たない。だが同時に、幼少期から古典に親しみ、多忙を極める現在もビジネスに関わる専門書や情報に目を通す、無類の読書家であることもよく知られている。そんな北尾氏が『修身教授録』と出会ったのは、43歳の頃だったという。
北尾氏は当時、在籍していた野村證券で次代の経営トップと目されていたが、次の人生をどう生きるかを悩んでいた。そんななか訪れた書店で、まるで何かに導かれるように同書を手に取ったという。そして同書を読み耽り、大きな衝撃を受けた。
森信三が同書にある講義を行ったのは、当時の北尾氏と同じ40代前半のときだった。にもかかわらず、自身とは比べ物にならないほどの深い学識をもっていた森に対して、北尾氏は「いかに自分が浅学非才かということを、痛切に思い知った」と振り返る。
そして森が説く「人生二度なし」「最善観」(我が身に降りかかる一切の出来事は絶対必然であり、絶対最善であるとする考え方)などといった人生観の根本を揺さぶるような思想哲学に触れ、「感涙にむせび泣いた」という。
その後も北尾氏は、同書を幾度となく読み返してきた。年齢を重ねるごとに、以前とは違う箇所に線を引き、付箋を付ける。人生の局面によって必要な言葉は変わり、新たな意味が立ち上がってくるのだという。何のために生きるのかを絶えず問い、自らに与えられた役割を見定め、捧げ切る──。同書を読むことで、北尾氏はそう生きる覚悟を磨いてきた。
この決意を胸に、北尾氏は48歳の時に事業を立ち上げることとなる。



