経営・戦略

2026.07.25 11:15

「私欲を超え、大欲に立つ」──金融界の巨人をつくった生き方の指南書|SBI会長・北尾吉孝

イーロン・マスクと重なる「大欲」

人間が真に欲を捨てるということは、実は自己を打ち越えた大欲の立場にたつということです。すなわち自分一身の欲を満足させるのではなくて、天下の人々の欲を思いやり、できることなら、その人々の欲をも満たしてやろうということであります(第1部・第12講「捨欲即大欲」)

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この「大欲」の思想を礎として、北尾氏は金融ビッグバンによる規制緩和とインターネットの潮流を背景に、金融のあり方を変え、日本そして世界に貢献する企業づくりを目指した。事業を始める前には膨大な読書と思索を重ね、顧客中心主義や企業生態系などを事業構築の基本観にすべきだと考えた。そうしたなか北尾氏が問い続けたのは、技術が社会を変える力を本当にもつのかだった。

「金融というのは各国の制度、法律のもとでなされるもので、ドメスティックなものになりがちだ。しかし、ビットコインはどこまでいってもビットコイン。XRP、ステーブルコインもしかり。デジタルは国境を越え、世界を大きく変える。技術こそが社会変革を行える、ある意味で唯一のものだと考えた」(北尾氏)

この確信を体現する存在として北尾氏が名前を挙げたのが、イーロン・マスクだ。北尾氏は「彼ほどの天才はいない」と、賞賛する。

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マスクは言わずと知れた、EVやロケットの開発という発想を超え、人類が100年、1000年と繁栄できる文明をつくるためのインフラに挑戦している起業家だ。そんなマスクはSNS(X)の買収を起点に今年、決済機能(Xマネー)、取引データに基づく金融サービスへと、事業領域を連鎖的に広げていった(いずれも7月25日時点で日本未実装)。マスクが1990年代から抱き続けてきた、通信・決済・商取引をひとつのアプリに統合する「Everything App」という構想を実現するためだ。北尾氏はこの動きを「あらゆるものを含め、彼は金融の世界に入ってくる」と表現し、興奮を隠さない。

北尾氏がマスクをここまで評価する背景には、自身が長年、取り組んできた「企業生態系」という考えがある。銀行・証券・保険・暗号資産・メディアと、性質の異なる事業をひとつのグループに束ねることで、それらのシナジー(相乗効果)と相互進化を促す。

さらに、そうして生み出した生態系の働きをより強化するために、北尾氏が今、重点戦略として掲げるのは、「組織の完全なAIドリブン化」「オンチェーン化に向けた組織変革」「ネオメディア生態系(※)の構築と既存の生態系との融合」の三つである。

「AIドリブン化」では、豊富な金融知見とデータを生かしたAIエージェントを構築し、収益化と業務効率化を同時に追求する。さらに「組織変革」では、あらゆる資産がトークン化される「トークンエコノミー」時代を見据え、オンチェーン領域の機能をグループ内に垂直統合していく。「ネオメディア事業」では、ブランド価値向上や顧客生涯価値の最大化を目指すとともに、AIやWeb3といった最新技術を活用して情報の信頼性を高め、公正な世論形成に資することをねらう。

※金融とメディア、IP(知的財産)を融合した新事業構想。AIやWeb3といった最新技術を活用して「共感」「信頼」「熱狂」を創出することで、「感情経済圏」の構築を目指す。

次世代の金融のあり方を追求するにとどまらず、新しい時代における資本主義の設計そのものを試みているともいえる。北尾氏のその姿は、マスクとも重なる。北尾氏は、既存の金融の枠組みをテクノロジーの力で塗り替えようとするマスクの取り組みについて、自身が目指してきた社会変革と、同じ地平にあると捉えたのかも知れない。

多様な事業を連携させ、金融と技術の力を軸に産業を超えて、多くの人々の暮らしを豊かにするエコシステムへと育てていく——そこに、北尾氏が描く「大欲」の本質が垣間見える。

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文= 本田賢一朗 編集=谷本有香、大柏真佑実

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