リーダーシップ

2026.07.23 14:04

リーダーに欠けているのは知識ではなく、この「3分間」だ

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15年以上にわたって経営幹部のコーチングを行ってきた経験から、私のセッションに来るリーダーたちについて、ひとつ確信を持って言えることがある。彼らは本を読んでいる。感情知能について説明でき、自分のストレスパターンに名前をつけられ、自己認識に関する研究を引用できる。中には自身のパーソナリティ診断結果をそらで語れる人もいる。

知識は彼らの問題ではない。私は彼らによくこう言う。「すべては本に書いてある。ここからが難しい。実行することだ」。そしてその実行は、ほとんど恥ずかしいほど小さなことから始まる。自分自身の思考と感情と向き合う数分間である。始めるには3分あれば十分だ。しかし、ほとんどの経営幹部はその時間を使おうとしない。

突如、誰もが同意し始めた

長年、これはコーチングの場で交わされる会話だった。それが突如、あらゆる場で語られるようになった。1万人を超えるリーダーへの調査に基づくマッキンゼーの「The State of Organizations 2026」レポートは、リーダーシップに関する考察の1章を、同社が「内側から外側へ」と呼ぶリードのあり方に割いている。要するに、自分自身のパターン、思い込み、反応を理解しているリーダーほど、不確実性や変化の中で他者を率いる態勢が整っている、という主張である。調査の数字も同じことを示している。最も内省的なリーダーのうち、環境が変化した際に自組織は迅速に適応できると自信を示した割合は30%だった。最も内省的でないリーダーではどうか。17%である。

では、リーダーは実際にどれくらいの頻度で腰を落ち着けて内省しているのか。マッキンゼーの集計では、週1回でも実行できているのは5人に2人にすぎず、およそ3人に1人は月1回未満しか内省していない。私たちの多くは、夕方に何を観るかを決めるのに、それ以上の時間を毎週費やしている。

時間の問題ではない

経営幹部が「内省する時間がない」と言うとき、本人にはそれが真実のように感じられているのだと私は信じている。しかし、5分から15分刻みで予定表を管理している人なら、そのうち3分を見つけることはできる。本当の障害は、もっと居心地の悪いものだ。内省は非生産的に感じられ、正直に言えば、少し危険にも感じられる。内側に目を向ければ、変えるべき何かが見つかるかもしれない。もう1通メールに返信するほうが安全なのだ。

だからこそ私は、セルフリーダーシップを「勇気の問題」と呼ぶ。知識は何十年も棚に並んでいる。不足しているのは、立ち止まり、見つめ、そこで見たものを真剣に受け止める意志なのだ。

その勇気は、言葉で言うほど簡単ではない。多くの組織において、仕事が本当に終わることはないからだ。課題は、何が健全であるかを知ることではない(それは誰もが知っている)。課題は、それでもなお、その選択をする規律を持つことだ。やるべきことがまだ残っていても、日々ノートPCを閉じることである。

あなたを「監督」に変える一時停止

私が経営幹部たち、そしていまあなたに問いかける質問がある。「私たちはキャリアの全体を通じて他者を導くことを学んでいる。だが、瞬間瞬間、あなた自身を導いているのは誰なのか」。多くの人にとって、ほとんどの日の正直な答えは「オートパイロット」だ。私たちが見ていようがいまいが動き続ける、刺激と反応の自動ループである。3分間の内省が与えてくれるのは、そのループからの距離だ。起きたこととそれに対する自分の行動のあいだにできる小さな隙間である。その隙間のなかで、あなたはシーンに閉じ込められた登場人物であることをやめ、そのシーンの脚本家であり監督になる。

私がコーチングしたある上級幹部は、自分の判断にいちいち疑問を挟んでくる上司に、いよいよ苛立ちを募らせていた。やり取りはすべて、どちらが正しいかを競う争いになっていた。コーチングを通じて、別の現実が浮かび上がった。上司はより良い答えを求めていたのではなく、より大きな承認を求めていたのだ。彼女があらゆる問いを打ち負かすべきものとして扱うことをやめたとき、変化が訪れた。小さな意見の相違はやり過ごし、心から同意できるところでは上司の判断を支持した。「私の苛立ちは敵ではない。それはダッシュボードの警告灯のような情報なのだ」。

内省は「自己陶酔」だと見なされがちだ。しかし脳科学の見解は違う。自分の思考を観察する力は訓練可能であり、計画、衝動制御、意思決定を司る脳のシステムと結びついている。それは筋肉のように振る舞う。最初は目立たないが、使えば使うほど強くなる。

3分間、3つの問い

私が経営幹部たちに勧めるプラクティスは、意図的にささやかなものだ。1日の終わりに、3分を取って、できれば書き出しながら答える。

  • 今日うまくいったことは何か。なぜうまくいったのか。
  • 意図した通りに行動できなかったのはどこか。何がその引き金だったのか。
  • 自分自身について、あるいは他者について何を学んだか。

これはあくまで例だ。問いは人によって、状況によって変わる。重要なのは立ち止まることであって、文言ではない。

ひとつだけルールがある。評価する前に観察すること。それがどれほど難しいかに気づいてほしい。誰かに「昨夜の映画はどうだった?」と尋ねてみるといい。相手は映画を描写するだけでは絶対に済まさない。あなたが観るべきかどうかまで宣言するはずだ。私たちはあまりに素早く評価してしまうため、実際に何を体験したのかを飛ばしてしまう。内省は、まず見ることから始められるよう、時間をかけて減速することを求める。

ESMT BerlinのExecutive Transition Programで、私は参加者に、時間的制約の下で簡単な創造的課題を解いてもらうことがある。ほぼ例外なく、部屋全体が同じ答えに収束していく。重要なのは解答ではなく、その気づきである。独立した思考のように感じられるものは、しばしば心が最も慣れ親しんだ経路に手を伸ばしているにすぎない。リーダーはその反射が実際に働く様子を一度目にすると、自分の意思決定の中でそれに気づき、別の反応を選ぶことがうまくなる。

3分間で誰かが変貌するとは言わない。夜によっては「疲れた」以上のものは何も出てこないこともある。しかし内省は一度きりの突破口ではない。それはプラクティスであり、問題を一度で解決するというより、歯磨きに近い。ポイントは毎日が重大に感じられることではなく、時間の経過とともに、その習慣があなたの気づく対象を変えていくことにある。

だから今夜、ノートPCを閉じる前に。3分間、いくつかの問いを。それを飛ばしたいという強い衝動を感じるかもしれない。その衝動にも気づいてほしい。それこそが、今日1日で最も興味深い観察となるかもしれない。

forbes.com 原文

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