3分診療の時代は終わった

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診察時間はたったの3分、薬を処方されて、耳の痛い忠告を受けて、ハイ終わり。これで健康な体になるのだろうか?対症療法より予防を徹底するにはどうしたらいいか。

 

2011年5月、カリフォルニア大学サンフランシスコ校精神科のクレイグ・バン・ダイク教授らとともに、福島原発事故により避難を余儀なくされた人々や病院を慰問して回ったときのことだ。福島の人々は我慢強く、私がいろいろインタビューしても、なかなか心の内を語ってくれない。ところがクレイグが英語で質問し、私が訳すと、スルスルと不安や、そのときの正直な感情を吐露してくれる。クレイグの質問は変わっている。
「今、あなたの心に浮かんだ言葉は何ですか?」とか、「今、あなたの心に一番引っかかっていることは何ですか?」「なぜ今の生活を変えたいのでしょうか?」「あなたにとって最も楽しい時間は何ですか?」といったものなのだ。しかもクレイグが1を質問すると、人々は10を語り、インタビューが終わったときには何かが腑に落ちたようにすがすがしい表情をしている。

一方、日本全国の医療機関外来では3分診療が繰り広げられている。「それではコレステロールを下げる薬を処方しておきますので、次回までには体重を少なくとも2kgは減らしてきてください。くれぐれも暴飲暴食は避けるように!」と患者さんは言われなくてもわかっている指導を受ける。本当は「どうやったら自分を変えられるか」を知りたいのに。

私はいまも年に2~3回はハーバード大の医学講習会を受講する。そこに行くと、壁を乗り越えるためのヒントが見つかるからだ。クレイグのインタビューは、認知行動療法(CBT)、モチベーショナル・インタビューイング(MI)といった技法を取り入れたものであることを知った。そして、CBTやMIを駆使すれば、多くの病気において薬を使わないでも患者さんの健康を取り戻すことができるのではないかと考えるようになった。

例えば、過食してしまう根底にはストレス、不安、うつといった精神構造が存在する。しかし、本人はそれに気がついていない。であれば、仕事のストレスが原因で過食していることを患者自ら悟ることができるようにガイドする。そして、ストレスを軽減する方法を提案することで、過食が治まり、体重やコレステロール値が減る。これは優れた「山岳ガイド」のようだ。
悪いガイドは、依頼主の意向や価値観を無視して計画を立ててしまうであろう。逆に、ただ荷物持ちに徹するだけかもしれない。よいガイドは、依頼者の言葉に十分耳を傾け、希望を理解したうえで、傍にいながら励ましたり、エクスパートとして必要に応じてアドバイスをしたりする。まさに黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」のような山岳ガイドだ。

次回から、CBTやMI、さらには食事、運動療法を取り入れ、薬に頼らない医療がハーバード大でどのように実践されているかを綴っていく。

うらしま・みつよし◎1962年、安城市生まれ。慈恵医大卒。
小児科医として骨髄移植を中心とした小児癌医療に献身。
その後、ハーバード公衆衛生大学院にて予防医学を学び、実践中。
桜井竜生医師と浦島充佳医師が交代で執筆します。

浦島充佳 東京慈恵会医科大学教授

この記事は 「Forbes JAPAN No.16 2015年11月号(2015/09/25 発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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ハーバード・メディカル・ノート「新しい健康のモノサシ」

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