人類学と教育の協働、そしてAI
──人類学と教育を比較し、「教育としての人類学」を論じていますね。
インゴルド:人類学で最も特徴的な研究手法である「参与観察」、つまり、フィールドワークは、まさに「エクスポージャー(外気にさらすこと)」の実践だ。
フィールドワークでは、見知らぬ人々や理解できない言語のコミュニティに飛び込み、無防備な状況にさらされるが、手探りで人々の生活感覚をつかんでいく。
つまり、人類学の研究手法と、教育によるエクスポージャーの間には強い類似性がある。教育とは、世界の事象に無防備に身をさらして学ぶ過程だからだ。
──人類学と教育が協働すれば、「世界を変える」ことも可能だそうですね。
インゴルド:人類学と教育は、私たちが人間関係のなかで共生する術を学び直すのに役立つ。人類学と教育の基盤は、他者とかかわる過程で理解を深めることだからだ。人生を人類学や教育の過程としてとらえることで、私たちは自らを変革し、より良く生きることができる。
世界には歪みが生じている。デジタル化のせいで、人々、特に若者は孤独に苦しんでいる。バーチャルな交流では、他者とともに生きるという感覚を味わえない。他者との共生や差異の価値、そして、違いがいかに人々を結びつけるかという事実を再発見すること──。これが、現代における喫緊の課題だ。
──原著の初版出版から約9年。AI(人工知能)は教育にも影響を与えていますが、教授の主張も変わりましたか。
インゴルド:昨年2月に出た原著の改訂版(邦訳版は新刊『教育とは何か』)には新たな章や内容を加筆したが、基本的な主張は同じだ。デジタル化は以前から教育に影響を及ぼしていた。AIはそれに拍車をかけただけだ。
とはいえ、私は強固な反AI論者だ。教育におけるデジタル技術の貢献は誇張されており、害のほうが大きい。デジタル技術の使用は集中力を低下させる。
大切なのは、人々がスマホを置き、世界に注意を向けて他者と対話し合う忍耐力をもつことだ。他者と共生して心を開き、相手の言葉に耳を傾け、世界や他者と「コレスポンド(交感)」する感覚を取り戻すことが最も重要だ。
しかし、あらゆる教育政策はそれに逆行している。AIを推進し、学生に大量の情報を詰め込む方向に向かっている。超デジタル社会に居場所を見いだせるのは、ごく一部の人々であるにもかかわらず、だ。教育の方向性を変えねばならない。
ティム・インゴルド◎アバディーン大学名誉教授。人類学者。ケンブリッジ大学で博士号を取得。ヘルシンキ大学、マンチェスター大学を経て、1999年からアバディーン大学で教える。『ライフ・オブ・ラインズ──線の生態人類学』(フィルムアート社)など著書多数。


