「友は近くに、敵はもっと近くに置け」という格言は、誰もが知っている。
オンラインフォームの作成という、比較的基礎的な日常のニーズを満たすSaaS企業のCEOとして、私は創業者が競合他社の動きを執拗に追跡しなければならないという考え方に、常に抵抗してきた。Googleのような巨人が私たちの領域に参入してきたときでさえそうだ。そのGoogleが、最大のライバルの1社であるAnthropicに数百億ドルを投資したと報じられた。この動きは私のスタンスとは相反するように見える。しかし、ここから得られる教訓は、よりニュアンスに富んだものだと考えている。
AIの時代において、創業者が競合他社の動向を「ドゥームスクロール(ネガティブな情報をスクロールし続けること)」したい衝動を抑えることは、かつてないほど重要になっている。その理由は以下の通りだ。
ライバルを恐れるのではなく、認識する
Anthropicの「Claude(クロード)」とGoogleの「Gemini(ジェミニ)」は、AIの領域で異なる位置を占めている。前者はChatGPTのようなアシスタント、コーディング支援、企業のワークフローツールなどを提供している。後者は、検索、Gmail、YouTubeなど、Googleの広大なエコシステム全体に統合されている。その意味で、Googleのリーチはより広範囲だ。しかし、重複する部分があることは間違いない。だからこそ、この巨額の投資は、リスクを伴うにしても大胆な動きなのだ。
しかし、これはライバルを排除することよりも、変化の激しい環境で強固な足がかりを維持することを目的としているようだ。また、テクノロジーやAIの分野では競争が激化する一方であるという、より大きな事実を認めるものでもある。市場で存在感を示し続けたい創業者は、過剰に反応することなく、ライバルの存在を認識しなければならない。
もちろん、大半の創業者には競合他社に投資するほどの資金はない。しかし、競合にうろたえることなく競争力を維持することは可能だ。その方法を紹介しよう。
最も重要なステークホルダーに一点集中する
あまりに単純で根本的な問いであるため、多くの創業期や中期段階のスタートアップが問いかけるのを忘れてしまっていることがある。それは「自社の顧客が本当に求めているものは何か」という問いだ。これがビジネスの軌道を変えることがある。
グラフィックデザインの世界に革命を起こし、アイデアを持つ人なら誰でもそれに合うビジュアル素材を簡単に作成できるようにした、Canva(キャンバ)の創業者メラニー・パーキンスを例に挙げてみよう。彼女のアイデアは、高価なソフトウェアを持たず、長年デザインの勉強をしてこなかった人々のために、直感的に使える製品を作ることだった。顧客が求めるものに徹底的にフォーカスしたことで、CanvaはAI分野の競合が押し寄せるなかでも、現在のような600億ドル(約9兆7600億円)の企業へと成長を遂げた。
顧客の声に耳を傾け、彼らが何を望み、どこにペインポイント(悩みの種)があるのかを突き止めることだ。AI搭載ツールやエージェントの登場により、送信内容を分析して顧客のフィードバックを要約するツールを組み込んだフォームから、顧客とのやり取りを観察・統合できるカスタマーサポートエージェントにいたるまで、そうした極めて価値のあるデータを収集することがかつてないほど容易になっている。
「信頼性」は「派手なアップデート」に勝る
会社を20年間経営してきたなかで、顧客に提供できる他の何よりも勝るものが1つあると学んだ。それは「信頼性」だ。派手なアドオンや文化的価値よりも重要であり、洗練されたブランディングや容赦ない低価格競争よりも大きなインパクトを持つ。
創業者はマクドナルドを参考にするといい。映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』を観た人なら、あのファストフード店を世界的なフランチャイズ帝国へと育て上げた起業家、レイ・クロックをご存じだろう。彼の信頼性に対する執着、すなわち顧客が「ゴールデンアーチ(マクドナルドのロゴ)」を訪れるたびに、世界中のどこであっても、ほぼ同じクオリティのチーズバーガーとフライドポテトを提供できるようにしたことが、同社の成功を牽引した。
創業者にとっての教訓は、競合よりも早く成長し、より多くの製品を提供することを目指すべきではないということだ。代わりに、現在ある製品を完璧に仕上げ、持続的に拡張可能なシステムを構築することに注力すべきである。顧客体験の標準化やフィードバックループの構築に取り組むこともできる。ここでも、AIエージェントは顧客体験に関するインサイトを継続的に自動収集する優れた手段となる。
アイデンティティを徹底的に貫く
「ChatGPTイズム(ChatGPT特有の表現)」が文章を均一化し、創業者が競合他社の取り組み(およびその手法)に24時間いつでもアクセスできる時代においては、競合と同じように話したり振る舞ったりすることがかつてないほど容易になっている。競合を模倣したいという誘惑はかつてないほど強い。しかし、オスカー・ワイルドの言葉を借りるなら、「自分自身であれ。他の誰の席もすでに埋まっているのだから」ということだ。
競争が激化するなか、一歩引いて、企業およびブランドとしてのアイデンティティを明確に定義してほしい。自社をユニークにしているものは何だろうか。
Googleが私たちの領域に参入してきたとき、世界最大のテクノロジー企業の1社の戦略やデザインを模倣しようとするのは愚かなことだった。私たちは一呼吸置いた。そして、自分たちのアイデンティティ、ミッション、価値観を考え直した。私たちは、外部資金に頼らず(ブートストラップ)、顧客の生活をよりシンプルにし、職場にありがちな課題に対してユーザーフレンドリーな解決策を提供することを目指して立ち上がった企業だ。テクノロジー系ニュースのヘッドラインを飾るような、おしゃれなスタートアップではなかった。ユーザーにサービスを提供するうえで、そうある必要もなかった。私たちは自分たちのアイデンティティを徹底的に貫いた。追加の製品やサービスを提供するのも、それがユーザーをさらに支援できると確信できたときだけに限定した。
その自己認識こそが、最終的に私たちの強力な強みとなった。
賢明な創業者は、競合が容易に真似できないことに集中する。顧客を理解すること、信頼できる存在として認知されること、そしてエコシステムにおける自社ならではの独自のポジションを維持することだ。競合への執着をやめれば、不要なストレスを大幅に軽減できるという贈り物を自分に与えられることも、私自身の経験から言える。それこそが、創業者が長期的な成功を収めるための基盤となる。



