予想外のモノや場面に出会ったとき、人は驚きとともに快哉を叫ぶものである。
日本酒の世界的振興に奮闘する経営者の生駒龍史は、初めて袖を通したポール・スミスのスーツに、自身の想像を軽やかに超えた、このうえない喜びを感じたという。
訪日外国人の増加とともに、世界的な注目を集めている日本酒。その発展に人生を賭して尽力しているのが、日本酒の未来に貢献する企業Clearの代表であり、日本酒ブランドSAKE HUNDREDオーナーの生駒龍史である。
生駒にとって、ポール・スミスのスーツはどのように映るのだろう。

「私は10年以上貫くポリシーとして、仕事の場で和服は着ないようにしています。私を含め、今の日本人は普段和服を着ていない。現代のライフスタイルに則していないからでしょう。一方で酒蔵の方々は法被などを普段の業務の中で着ているので、嘘にならない。 でも私たちが日本酒を紹介するときだけ和服を着るのは、“ゲイシャ、フジヤマ”的なステレオタイプに乗っかる嘘になってしまう。
だから人前に出る際や大切な席では、スーツを着るようにしています。弊社の日本酒ブランド『SAKE HUNDRED』は現在グローバル展開に注力していて、海外でのプレゼンテーションや、三つ星レストランのシェフへの紹介などもある。そうした場ではきちんとスーツを着る。信頼感の演出になりますし、経営者の服装はそのままブランドイメージに直結すると思うからです」

ステレオタイプな固定化したイメージだけでは、文化は正しく更新されていかない。だからこそ、重要なシーンでは和服ではなくスーツに袖を通す。
それは単なる服装選びではなく、日本酒を「過去の遺産」としてではなく「現在進行形の文化」として世界に届けようとする、生駒の意思表示なのだ。
「グローバルにおいては、まだ日本酒をどう扱っていいのか分からないという段階だと思います。スーツには各国それぞれに“こういう服”というイメージが根付き、それが文化になっていますが、日本酒にはまだそうした具体的なイメージがありません。何からできているかすら知らない人がほとんどでしょう。業界として盛り上がっていることは確かですが、世界的に見ればまだ、マーケットは小さいですから。現在は、日本ではこういう日本酒がこう飲まれていますよ、という文化を伝えていくフェーズだと思っています」
スーツが際立つ予想外というひねり
いかにして日本酒を世界に広めるかーー。
そのための緻密な市場分析と深い洞察、そしてリアルな戦略は、日本酒を熟知した生駒ならではだ。そんな生駒はポール・スミスのスーツを羽織った瞬間、思わず驚いたという。
「実のところ私は、スーツを着るのが苦手です。なぜなら、着ると格好よく、きちんと見えるのは確かですが、窮屈で動きを制限されることで、パフォーマンスが損なわれるからです。しかしながら今回のポール・スミスのスーツは、着心地がとても良く、袖を通した瞬間にびっくりするほどでした。動きやすいし、これなら率先して着たい。このまま走れそうだし、何か秘密でもあるのかと、思うほどです」
ポール・スミスが日本で展開するスーツには、洗練されたスタイルをベースに、日本人体型を徹底的に研究したデータが反映されている。
日本人の体型に合わせた前肩縫製は、その代表例だ。そうした“秘密”を随所に駆使しているからこそ、ポール・スミスのスーツは着用者が驚くほどの着心地を備えるのである。
「着心地が良くてリラックスできるスーツなので、着たまま熱燗でも飲みたいですね。熱燗って注ぎ合うものじゃないですか。ワイングラスだとボトルから入れるんで注ぎ合わない、ソムリエさんが入れますよね。でもお銚子があれば注ぎ合える。だから、距離が近づくのが燗酒なんです。」
日本酒の席では、互いに盃へ酒を注ぎ合うことで距離が縮まっていく。腕を伸ばし、相手の方へ身を寄せるその所作を、ポール・スミスのスーツは、窮屈さで妨げない。
だが、さらに特筆すべきは、そうしたスーツとしての高いクオリティだけではなく、そこに“Classic with a Twist(ひねりのあるクラシック)”という独創的コンセプトが込められている点だ。生駒はそこにも共鳴するものがあるという。
「私は “Unexpected”という言葉をとても大事にしています。“予想外、想像だにしない”といった意味ですが、日本酒の振興にもそれは必要なことだと思うのです。日本酒は歴史があり、文化としては強いですが、その分イメージが固定化されている面がある。
たとえば“キレのある辛口は寿司と合うよね”など。それは間違ってはいないかもしれませんが、あくまで辛口の日本酒の一側面に過ぎません。その背景には、知られざる日本酒の魅力が広大に広がっているのです。それらをもっと利活用し、予想外の体験を提供していくことが非常に重要です。
“期待通り”なのはある意味当たり前であり、それをどう飛び越えて楽しませるか。予想外の体験により、日本酒を楽しむ方々のイメージを広げていくことで、日本酒の未来も広がると思うのです。こうした“Unexpected”という視点は、裏地に鮮やかな絵柄がプリントされているなど、ポール・スミスのひねりを効かせたスーツにも共通するものがあると感じるのです」

生駒龍史(いこま・りゅうじ)◎1986年東京生まれ。Clear Inc.代表取締役CEO兼SAKE HUNDREDブランドオーナー。IT企業などを経て、2013年日本酒のより良い未来をつくるために「Clear Inc.」を創業。翌年には日本酒の情報を発信するWEBメディア「SAKETIMES」をスタートさせる(現在は譲渡)。2018年に独自の日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を立ち上げ、オリジナルの日本酒が国内外で高く評価される。2019〜2023年には国税庁主催「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員を務め、2024年に日本醸造学会若手の会より醸造文化賞を受賞するなど、持続可能な日本酒の発展と振興に貢献し続けている。
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