金融パラダイムシフト、
「超個別化」の核心
/ ビジネス
2026年7月30日
〜決断する人のAI〜AI時代の金融パラダイムシフト、「超個別化」の核心
【MUFG×ウェルスナビ×PwC対談】
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2025年6月、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、銀行・決済・資産運用などのサービスをつなぎ、アプリを起点にお客さまのお金をまるっと支える、個人向け総合金融ブランド「エムット」を始動させた。MUFGは現在、傘下の三菱UFJ eスマート証券とウェルスナビの経営統合および2027年度中の新会社設立を決定しており、同ブランドのもと、AIを活用したパーソナライズされた金融サービスの提供とデジタル資産形成プラットフォームの強化を加速させている。
同サービスがもたらす金融サービスの新たな価値とは。三菱UFJ銀行 常務執行役員 山下邦裕、ウェルスナビ 代表取締役CEO 柴山和久、そしてMUFGの挑戦を支えるPwCコンサルティング 執行役員 パートナー 押谷茂典が、AIの実装が金融に与える変革と、その成否を分ける経営の視座を語り合う。
なぜ「エムット」なのか――金融を顧客目線へ
――まず、銀行・決済・資産運用などのサービスをつなぐ、個人向け総合金融ブランド「エムット」とは、どのような構想から生まれたのでしょうか。
山下邦裕(以下、山下):MUFGは銀行、決済、証券など多彩な機能をもちますが、お客さまから見れば提供元もアプリもバラバラで、決して使い勝手が良いとは言えませんでした。この20年間でお客さまの行動も変わり、一人当たりの口座数は2004年の約3.2口座から2024年には約4.1口座へと増加し、目的や用途に応じて複数の金融サービスを使い分けることが一般的になっています。そこで「エムット」というひとつのブランドで、銀行口座も決済も資産運用もつなぎ、わかりやすくお客さまにお届けしようと考えました。ローンチから1年、前年比で三菱UFJ銀行の口座開設数は6割以上増加し、三菱UFJカード発券数は約2倍に拡大。さらに、三菱UFJ eスマート証券の仲介口座開設数は約7倍、ウェルスナビの預かり資産残高も30%以上成長と、手応えも出始めています。
柴山和久(以下、柴山):金融サービスは、銀行は銀行法、資産運用は金融商品取引法と、それぞれの規制の下で展開されるため、構造上どうしても縦割りになり、提供者目線に陥りやすい。それが、お客さまの使いづらさの正体です。今後5年、10年で、金融に限らずサービスはお客さま中心へとシフトしていく。「エムット」は、まさにその転換点に立つサービスだと思います。
押谷茂典(以下、押谷):確かに、それぞれの規制の論理で動いてきたサービスを、お客さま側に立ってデジタルでつなげるという判断は極めて正しい選択だといえますね。また、単サービスのワンストップ化にとどまらず、AIを活用して利用者ごとの状況やニーズに応じた提案を実現しようとしている点も注目に値します。延べ約6,000万の顧客基盤を擁する大手金融機関がそこに踏み込む意義は、業界にとっても、社会にとっても大きいものですね。
山下:実際、私たちのような規模の大きな組織では、変革のスピードを上げることは容易ではありません。その意味でも、柴山さんが率いるウェルスナビがグループへ加わっていただいた意義は大きい。期待しているのは、AIを活用したサービスや技術の提供だけではなく、組織に新しい視点を持ち込んでいただくことです。「スタートアップの目線では、ここがおかしいですよ」と率直に指摘してもらう。その刺激が、私たち自身を変える原動力になると考えています。
柴山:大企業とスタートアップの強みの違いは、構造的なものです。前者は潤沢なリソースで大きなプロジェクトを立ち上げられる一方、後者は限られた体制で動くぶん、リリース後に素早くPDCAを回して磨き込んでいけます。MUFGの規模に、この「小さく始めて高速に改善する」やり方を掛け合わせれば、大企業でもイノベーションを起こせる。私はそう考えています。
AIが金融を“民主化”する――MAP AIと「伴走」
――今後、「エムット」の中核機能になると期待されているのが、MUFGとウェルスナビで共同開発しているマネー・アドバイザリー・プラットフォーム(MAP)です。このプラットフォームを活用すると、どのようなことが実現できるのでしょうか。
柴山:ウェルスナビは、お客さまの同意があれば取引まで自動化する"自動運転"の資産運用を実現してきました。これを資産運用に限らず金融サービス全般へ広げる基盤が「MAP」です。例えば、結婚や出産を機に資産運用を考え始める方は多い。けれど「毎月いくら積み立てるか」「預金をどれだけ残すか」で迷ってしまう。そこで、家計データをAIが解析すれば、「預金が多すぎる」「運用が少なすぎる」といったアンバランスに気づき、一人ひとりに、適切なタイミングで助言を届けることができるようになります。これは、資産運用の「民主化」にもつながると考えています。
三菱UFJ銀行 常務執行役員
山下 邦裕
山下:専門家が一人ひとりに助言する「おまかせ運用」は、これまで対面が中心で、事実上は富裕層のものでした。それをデジタルとアルゴリズムで自動化することで、一般の方にもお届けすることができる。実際、対面中心の上位サービスは、比較的資産規模の大きいお客さまが中心です。一方、ウェルスナビのようなデジタルサービスはこれから備えたい層が使ってくださっている。これまで富裕層にしか届かなかったサービスを、誰もが使えるようにしていくためにAIを活用していくということです。
また、「MAP」は、今年度後半を目標に新設するデジタル完結型の銀行に組み込む予定となっています。当局の認可が大前提ですが、既存の三菱UFJ銀行に加え、新しいデジタルバンクが銀行機能の中核を担っていくことになります。
加えて明確にしておきたいのは、お客さまの同意に基づき、セキュアに管理・連携されたデータを前提にサービスが提供されるということです。私たちは、安全な環境でお預かりしているデータをお客さまの同意のもとに連携することで、特別な操作をしなくても必要なタイミングでパーソナライズされた気づきやアドバイスが届く世界を目指しています。
――慎重さが求められる金融機関で、これまでにないモデルを築くには高いハードルがあったはずです。既存事業とのコンフリクトや失敗を許容しにくい文化を、どう乗り越えたのでしょうか。
山下:鍵は「いかに早く、小さく失敗するか」です。あらゆる調査を尽くし、完璧を期して乾坤一擲で出す――それが大企業にありがちなやり方ですが、事前検討に膨大な時間がかかる。逆に、小さく限定して出せば失敗も多い。けれど、そこがスタートだと組織に根づかせることが肝心です。一度失敗すれば、次はもう怖くない。KPIも、目標値そのものより「リリース後に何回PDCAを回せたか」を重視しています。3か月単位で振り返るのではなく、1〜2週間ごとに結果を見て次の手を打つ。その回数こそをプロジェクトのゴールに据えています。
社内のコンフリクトについては、「エムット」立ち上げ前に、経営レベルで「お客さまにとって何がベストか」を徹底的に議論し、コンフリクトを恐れない方針を最初に固めました。その結果、開始後も大きな衝突は起きていません。
柴山:社会の変化が加速するなか、自ら変わらなければ、いずれ外部の変化によって事業や競争優位を揺るがされることになります。それなら、自ら変化を起こす側に回った方が成功の可能性は高い。ただ、それを理解することと、経営として意思決定し、組織全体で実行することは別の話です。今回のMUFGでは、「お客さまにとって何がベストか」という判断基準が共有されていることが大きい。変化の局面で迷ったときに立ち返る共通の価値観があるからこそ、組織は変わり続けることができるのだと思います。
ウェルスナビ 代表取締役CEO
柴山 和久
改革を支える経営とガバナンス
――押谷さんは「エムット」のガバナンス戦略を担っています。金融業界ならではの難しさや、重視している点を教えてください。
押谷:私たちは、デジタルバンク立ち上げに必要な認可申請や、経理財務、リスク・コンプライアンス、事務、コンタクトセンターといったコーポレート機能の構築を支援しています。山下さんが常々おっしゃるのは、「既存の銀行をそのままもってくれば早いが、それではスピードもデジタルも実現できない」ということです。故に、"ミニMUFG"にしないことを意識しながら、議論を重ねています。
そのうえで、金融機関ならではの論点が3つあります。まずAIの説明可能性。AIが出す推薦が正しい根拠と正確な情報に基づくことを、どう担保するか。次に適合性の原則。お客さまの資産状況やニーズに沿った提案になっているか、手数料の高い商品の押し売りになっていないかを、AIが介在するなかでどう保証するか。さらにデータの活用です。銀行・証券・カードのデータは"命"ですが、銀行と証券のあいだにはファイアウォール規制があり、顧客情報の共有には制限がある。その制約のなかでデータをどう生かすかも、金融機関ならではの難しさです。
そして根底にあるのが信頼です。金融犯罪やサイバー攻撃が激化するなか、守りへの投資は膨大で、しかもそれがサービスの使い勝手を損なってはいけない。銀行口座は生活に直結するため、「止めない」ことを前提に運用されてきました。しかし攻撃側のスピードを見れば、防ぎきれない金融機関は、いざというとき口座すら止めざるを得ない事態も起こり得る。そうなれば利便性は失われ、信用は下がる。ここにどれだけ体力をかけて備えられるかが、これからの分かれ目です。
――参考にできる先行事例のない領域ですね。
押谷:はい、ここは完全にいたちごっこです。「ここまでやれば十分」という終わりはなく、攻撃側も進化し続ける。AIの登場で、その競争はさらに加速しています。実はこれが、「AI疲れ」の一因にもなっています。便利だと言われていたAIに関する毎日のミーティングと作業に追われ、いつのまにか人間がAIに使われてしまう。そんな声も最近は増えています。
山下:金融機関としての信頼・信用・安心は、私たちの使命そのものです。データを守る仕組みも含め、ここは完全にいたちごっこですから、必要な措置はすべて講じ、絶対に負けないとやり切るしかない。
PwCコンサルティング 執行役員 パートナー
押谷 茂典
押谷:だからこそ、ガバナンスのとらえ方が重要です。ガバナンスは守りやブレーキと見られがちですが、私はむしろ「シートベルト」だと考えています。ブレーキはスピードを落としますが、シートベルトは安心して加速するための装置。「ここまではやってよい」という範囲をチームに明確に示し、そこを超えたらマネジメントが介入する。止めるべきときに止められる体制があるからこそ、安心してアクセルを踏み、速いPDCAを回すことができる。
そしてこの備えが、いずれ差別化の源泉になると私は考えています。利便性が高まるほど、不具合や事故は起こりやすくなる。そのとき、耐える力の弱い企業はつまずき、そうでない企業との間にサービスの差が生まれる。ガバナンスは経営戦略上、勝つための源泉になる――経営者がそのマインドをもつことが大切だと思います。
山下:「ブレーキではなくシートベルト」というのは、本当にその通りだと思いました。安心してアクセルを踏むための補助装置。いい言葉をいただいたので、ぜひ社内に浸透させていきたいですね。
――AIの活用が広がるほど、サービスや業務は均質化していくともいわれます。そうしたなかで、企業は独自性や競争力をどこで担保し、どんな強みを磨いていくべきでしょうか。
柴山:AIは目的そのものを設定することはできません。一方で、その目的に至るルートを描いたり、途中で直面する課題と解決策を一緒に考えたりする「壁打ち相手」としては、非常に役に立つ。目標を決め、最終的に判断するのは人間、その道筋を描くのはAI。この役割分担は、これからも変わらないと思います。
そのうえで、今後テクノロジーがどう進化し、どんな変化が待っているのかは、誰にもわかりません。10年前を振り返れば、私たちはクラウド化や、PCからスマートフォンへの移行を議論していました。ウェルスナビのお客さまも当時は9割がPC、今は逆に9割がスマートフォンです。足元ではサービスも社内の業務も"AIネイティブ"につくり変えていますが、10年後はまた、まったく違う景色になっているはずです。だからこそ、変化に柔軟に対応できる経営チームと組織文化を持っていることが、中長期では企業の最大の強みになると考えています。
山下:AIという頭脳が高度化するほど、企業の競争優位の源泉は3つに集約されると考えています。1つ目はデータ。本当にお客さまのことがわかっている質の高いファーストパーティーデータを、一定の量でもてているかどうか。2つ目は、そのデータをお客さまの同意のもと、安心・安全な環境で守りきれる体制とインフラがあるかどうか。そして3つ目が人です。今日の議論でも繰り返し出てきたように、信念を持って徹底的にお客さまの視点を貫くこと。これは、AIには代替できません。むしろ進化するほど、この「データ・安全な環境・顧客目線」という3つで、差がはっきりと際立ってくると、私は考えています。
押谷:金融機関が保有するデータは、顧客からの信頼と直結しています。私たちコンサルティングの現場でも、同じ分析を自社の環境で行うのとクライアント先で行うのとで、まるで違う答えになることがある。その差は、扱えるデータの質と深さの違いから生まれます。だからこそ、データはこれから決定的な価値になる。実際、海外ではその扱いが一段と厳格になっています。今では、クライアントのデータには一切アクセスも持ち出しもできず、クライアントの環境のなかだけで完結する提供しか認められない。そんな契約が一般的になりつつあります。それほどまでに、データが勝敗を分けるようになっているのです。
この、信頼に裏打ちされたデータという資産を、どうビジネスに生かすか。経営陣が主体的に考えることが、まず重要です。そして、それを担うのはデータサイエンティストではありません。AIを前提にビジネスそのものを設計できる人材を、いかに早く、数多く育てられるか。最終的に組織の競争力を分けるのはそこなのだと思います。
山下 邦裕
三菱UFJ銀行 常務執行役員 リテール・デジタル部門副部門長。1996年東京三菱銀行入行。ロンドン・ビジネススクールでMBA取得後、三菱UFJ証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。その後、三菱UFJ銀行にてDX室長、決済企画部長などを歴任。2026年より現職。
柴山 和久
ウェルスナビ 代表取締役CEO。東京大学法学部卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。マッキンゼーにて日米の金融機関の支援に携わった後、ウェルスナビを2015年に創業。ウェルスナビは20年に上場後、25年に三菱UFJ銀行の完全子会社に。
押谷 茂典
PwCコンサルティング 執行役員 パートナー。金融機関のデジタル変革およびガバナンス支援を専門とし、国内外で豊富なコンサルティング経験を有する。AI活用とテクノロジー・規制対応を両立する知見を有し、MUFGの「エムット」ブランドのデジタルバンク立ち上げにおけるガバナンス戦略策定を支援中。
Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Motoki Honmaphotographs by Daichi Saitoedited by Aya Ohtou(CRAING)

