上面に白と黒のパターンが描かれたコマを回転させると、そこにあるはずのない色が浮かんで見える「ベンハムのコマ」をご存知だろうか。この現象は1826年に発見され、1894年に発明家チャールズ・ベンハムがその原理を利用して開発し発売した玩具だ。発見当初は、網膜や視覚経路における時間応答の違いなどによる作用だと思われていたが、本当のところはこの200年もの間、よくわかっていなかった。
色がないはずのところに錯覚によって見える色のことを「主観色」と呼ぶ。それには個人差があるため、網膜や視覚経路といった視覚の入口ではなく、過去の経験や周囲の状況をもとに次に何が起きるかを脳が常に予測しながら世界を見る「予測符号化」によるものではないかとも考えられてきた。そこで自然科学研究機構基礎生物学研究所の研究グループは、予測学習を行うAIを用いて検証を行った。
AIにさまざまな動画を見せ、次にどのような画像が来るかを予測するよう学習させた上で、ベンハムのコマの映像を入力したところ、なんと、AIも人間と同じく、そこに主観色を見るようになったのだ。つまり、AIで目の錯覚が再現されたわけだ。
AIには、自然の映像、3DCG動画、赤と緑と青の四角形が動く2D動画を学習させたが、それぞれにおいて主観色に違いが見られた。自然の映像を学習した場合は、ベンハムのコマに淡い色が現れた。3DCGで作成した街を歩く人の動画では、より鮮明な主観色が現れ、さらに、赤、緑、青の四角形が動く動画ではより強く主観色が示された。こうして映像を単純化していくことで、動く物体の色が主観色の主要な決定要因であることがわかった。
学習映像では色と動きの両方が重要であり、それらが結びついて、白黒の動きの刺激に対する予測として呼び出される。つまりAIは、白黒のパターンを、過去の学習経験に基づいて「色を持って動く物体」と解釈したと考えられる。これにより、主観色は脳が見た映像経験から生み出される可能性が示された。
錯視の実験は、人を使って行うことが難しい。特定の色や映像を見せ続けて視覚経験を作り上げ、主観色の変化を見るのは現実的ではないからだ。その点、AIならば、純粋な視覚経験を精密に操作でき、その経験の錯視生成への影響を調べることができる。
この研究成果は、「見る」とは単に目に入った情報を受け取るだけでなく、「過去の経験をもとに世界を予測する働きでもある」という新しい見方を提示し、古典的な錯視研究に新しい視点を与えるものだと研究グループは話している。



