「成功とは、最初から大きな夢や明確な才能をもっている人だけのものではないということ。成功は、日々の小さな違和感や好奇心から始まるものだから、『なぜこうなっているのだろうか』『もっと良くできないだろうか』『自分に何かできないだろうか』と感じたことを、小さく試してみる。その行動から学ぶ。その学びを次の行動につなげる。そうした小さな積み重ねが、その人らしい個性や才能、そして成功につながっていくのだと思います」
山川がそう語る背景には、日本では起業家精神と訳される「アントレプレナーシップ」の定義がある。「探検する。未来を切りひらく意志をもち、行動する。人生を生きていく羅針盤のようなものですね。アントレプレナーシップ教育は、スタートアップを立ち上げる起業家を増やすことだけではありません」
なぜ今、日本のアントレ教育か
ピーター・ドラッカーは「イノベーションを武器として、変化のなかに機会を発見し、事業を成功させる行動体系」、ハーバード・ビジネス・スクールのハワード・スティーブンソン教授は「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」と定義し、姿勢や行動体系だと言及している。必ずしも起業し会社をつくることを指しているわけではないという。
「意義のひとつは『世界を変える冒険者をひとりでも多く世の中に出すこと』。バブソン大学では、『Entrepreneurial Thought & Action』の頭文字をとり、『ETA』といわれますが、起業家のように考えて、起業家のように行動するというマインドセットを醸成することを指します。問題や課題を解決する側になることを志向し、混沌のなかでも挑戦する人に向けたものであり、世界を変えていく、社会を変えていく力の原点を育むこととも言えますから」
なぜ今、アントレプレナーシップ教育が重要なのか──。
その理由として山川が挙げるのが、日本におけるアントレプレナーシップ教育の可能性だ。「今、黎明期から拡大期へ向かう重要な『質的転換期』にある」と山川は話す。政府によるスタートアップ政策や文科省の支援を受け、小中高校でもアントレプレナーシップ教育への注目が高まっている。政策支援により、国、自治体、大学、企業、NPOによる同教育の実践の量が増加する一方、教育現場への浸透はまだ不均一だ。先進校・先進教員は点在するが、全国的には概念の定着や実装の定着といった課題があるのも実態だ。
ただ、16年近く、日本におけるアントレ教育推進に携わってきた山川は「この10年で大きく飛躍した。ただ、将来性、伸び代はまだまだある」と語る。そして、次に必要なのは「学校現場に共通言語と実装モデルを増やす」ことであり、「教師育成、倫理教育、評価方法、外部連携の設計の強化」だと指摘する。
「そこで重要になるのが、日常授業に埋め込まれた価値創造・実装・振り返りが重要という『質的転換』。その質を決める最大の変数は、制度やイベントの数ではなく、日々の教室で価値創造・失敗・責任をどう扱うかという『先生たちの力』だと言えます」
山川が今、強調するのが「アントレ教育における教師の重要性」だ。「生徒の自己効力感を引き出し、『自分にもできるかもしれない』という感覚を育てる文化は学校や教室でこそ育みやすい。制度を教育実践へ翻訳するのは先生。何より10代にとって最も近いロールモデルは、著名起業家よりも、日常的に接する先生だからです。だから、何を教えるかではなく、『誰が教えるか』が問われる時代になる」。そしてこうも指摘する。「『自分はどうあるべきか』を考える『倫理観』というアントレプレナーシップに不可欠な部分も、学校生活をともにする先生だから生徒に伝えられるのではないか、とも考えています。僕が『起業道』とアントレプレナーシップ教育を呼んでいるのは、事業を起こす技術に加えて、倫理という精神性を加えた『道』として伝えたいから。先生たちはこの倫理観を『他者・地域・社会に価値をつくること』として言語化して一人ひとりに伝えられるのではないかと思っています」


