──作品には鋳鉄、コルテン鋼、コンクリート、石、アルミニウム、テラコッタを素材として使用されていますが、特定のアイデアを具現化するのに最適な素材は、どのように決めるのですか?
素材が教えてくれます。よく「どこからアイデアを得ているのか」と質問されるのですが、アイデアは作品の中にあります。ある意味、すべての作品が次の作品の生みの親です。作品とともに過ごし、それが伝えようとしていることに、耳を傾けることが欠かせません。
これまで、玄武岩をそのように扱ったことがありませんでした。ですが、「積み重ねる」作品を多く制作してきており、この展覧会では粘土、テラコッタ、石の作品で「積み重ねる」ことについての対話をしていると言ってもいいでしょう。私を石へと向かわせ、素材としての石が自らを表現できるようにしてくれたのは、テラコッタでした。
──およそ50年間、ひとつのことについて問いかけつつ、作品を絶えず進化させてこられました。人体を探求し続ける中で、まだ解決されない、または解決が急を要する問題だと思われるのは、どのようなことですか?
問題は解決されておらず、されることもないでしょう。解決策は存在しません。すべての作品が問いかけです。私はこれからも問いかけ続け、明言はしないようにするつもりです。
世界においてアートがどのような位置づけにあるのか、どのような彫刻が良いものなのかという、より大きな問題が残されています。彫刻には、イデオロギーに基づいた政治体制や政治的覇権のために利用されてきたという長い歴史があります。
すでに「本当の価値はどこにあるのか」ということについて非常に不確かな世界で、また価格と価値の間に矛盾があると感じられる中で、彫刻の目的をもう一度見つけること――私にとって解決が急を要する問題は、私たちが地に足をつけ、現在、そして特定の状況に身を置くということにおいて、彫刻に何ができるのかという点に立ち返ることです。それは、ストーリーテリングとは無関係です。関係があるのは、ただそこに存在しているということです。


